帝国宰相の執務場所
その日、わたしは気が進まないながらも、帝国宰相の手紙(「いつでもいいから宮殿に来い」)に従い、プチドラを抱いて宮殿に向かった。
基本的に労働が嫌いなわたしとしては、面倒なことを押しつけられないためにも、少なくとも1か月以上の間を置いて、帝国宰相が手紙のことを忘れた頃に行くのが上策と考えていたのに、パターソンが言葉に力を込めて「官職は早い者勝ちです。早く出向くべきです。即座に反応、その日のうちが基本です」と急かすので、不本意ながら、はやばやと参内することになった。
宮殿前は、いつになく混み合っていた。入り口付近では「交通整理」ということで停止を求められ、仕方なく馬車の中で待機。来たくて来たわけではないのに待たされるなんて、余計に不愉快。
プチドラは、「まあまあ」とわたしをなだめながら、
「文武百官の刷新だから、みんな、猟官運動に必死なんだよ」
そんなに官位が欲しい人が多いなら、わたしにまで声を掛けなくてもよさそうなものだが……
15分程度待たされた後、ようやく馬車は動き出し、宮殿の正面玄関に停車。わたしは「はぁ~」と、大きくため息をついて、馬車を降りた。この時点で、既に気分はリラクタント。
わたしはプチドラを抱き、きらびやかな装飾や調度品で飾られた長い廊下を進んだ。廊下を行き交う人(貴族やその関係者と思しき人々)の数も、いつもより多い。誇らしげに胸を反り返らせて歩いている人もいれば、ガックリとうなだれて足を引きずるように歩いている人もいる。多分、人事の内示を聞かされたのだろう。
他人のことはさておき、わたしはポケットから帝国宰相の手紙を取り出し、
「ところで、『宰相政務室』って、どこかしら?」
帝国宰相の手紙には、普段の執務場所として「宰相政務室」と記載されていた。今まで知らなかったのもマヌケな話だけど、宰相政務室の受付で氏名と用件を言えば、宰相に取り次いでくれるらしい。
「プチドラ、宰相政務室がどこにあるか、知ってる??」
「いや~、宮殿の中のことは、よく分からないよ。」
プチドラも知らないとは困ったものだ。のみならず、わたしの方向音痴は超弩級。しばらく進んでいくと、見知らぬところに出た。ここはどこだろう。
プチドラは、じ~っとわたしを見上げ、
「迷ったね、マスター」
わたしはプチドラの頭を左手の脇に挟み込み、右手の拳を丸めてプチドラの頭に押しつけてグリグリと。
「イタタタ! マスター、ギブ!! ギブアップ!!!」
そうこうしているうちに、長い廊下の先にやや肥満気味の3人の人影が見えた。腹を突き出して、いかにも「私はエライ」という調子で、ふんぞり返って歩いてくる。この3人組は、アート公、ウェストゲート公、サムストック公のトリオに違いない。挨拶するのも面倒なので、わたしは廊下の太い柱の陰に隠れた。