非常事態あるいは緊急事態
炊き出しに用意したお粥がなくなり、スラム街の住民が全員帰った後は、少しの休憩を挟み、信徒による後片付け作業が始まった。わたしは思わずため息、「まだ終わりじゃなかったのね……」と、これはわたしの内心の声。
すると、アメリアは、何やら心配そうにわたしの顔をのぞき込み
「え~っと、カトリーナさん、どうかしましたか?」
「いえ、何も…… 今日は楽しい炊き出しだったな、と……」
もちろん、これは、口から出まかせ以外の何物でもない。
しかし、アメリアはこの言葉を真に受けたのか、感動的にわたしの手を握りしめ、
「そうですか。そうでしょう、やっぱり、そうでしょう。カトリーナさんなら、そう言ってくださると思っていました。わたしたち、仲間なんですよね」
と、何やら激しく勘違いしている様子。でも、この際だから、勘違いさせておこう。誤解を解くのは面倒だし、誤解が解けても、それはそれで面倒なことになる。
ともあれ、炊き出しの後片付け作業もほぼ終了し、もうしばらくすれば支部に戻ろうかという、その時……
……ぺ……れ……ぎ……よ…… ……ぺ……れ……ぎ……よ……
……ぺ……れ……ぺ……れ…… ……ぺ……れ……さ……ぁ……
遠くから、どこかで聞いたような不気味なコーラスが、管楽器や打楽器の音も伴って、炊き出し会場となっているスラム街の広場のようなところに流れてきた。
プチドラはわたしの肩に飛び乗り、耳をピンと立てて、
「マスター、これは、あの……」
「そうよね。忘れたくても忘れられないわ」
このコーラスは、御落胤探しの時にさんざん聞かされた武装盗賊団のテーマソング。ちなみに、武装盗賊団とは、シーフギルド「カバの口」の中でも特に優秀なギルド員が選抜されて構成されたエリート部隊であり、(灰色のマントと(バケツかゴミ箱のような)円筒型の兜という)コミカルな外見とは裏腹に、その能力は極めて高く、その気になれば小さな国の騎士団を殲滅するくらいは朝飯前だという。
でも、どうして武装盗賊団が? 教団に用でもあるのだろうか。まさか、特に意味もなく友情出演というわけでもないだろう。
一方、教団信徒たちは、武装盗賊団のコーラスを耳にすると、あっちに行ったりこっちに来たりと、何やら慌ただしく動き始めた。
アメリアは真っ青になって、わたしのところに駆け寄り、
「カトリーナさん、え~っと、大変なことになりました。聞こえますか? あの、なんというのか、地の底から響いてくるような、不気味な声」
どうやら、非常事態あるいは緊急事態の勃発のようだ。




