スラム街の住人
わたしは仕方なく、お玉で炊き出しのお粥をすくい、お椀に盛っていった。スラム街の住人は、「ありがとうございます」と、お椀を受け取っては、ガツガツと食らいついていく。落ちぶれたら、誰しもこうなるのだろうか。わたしは思わず視線をそらせた。
「カトリーナさん、ダメですよ。もっとニコニコとして、この人たちから好感を持たれるように」
アメリアは、わたしの耳元でささやいた。唯一神教にとって、炊き出しは、下層階級の人々の心をつかみ、あわよくば入信してもらおうという、大切な営業活動の一環。いい加減に形ばかりで済ませるわけにはいかないようだ。
わたしは無理矢理に笑顔を作り、愛想を振りまいた。でも……、人々の目には、さぞ、ぎこちなく映っていたことだろう。
スラム街の住人たちは、お粥をふるまう複数の大きな鍋を前に、行儀よく何列かに並び、自らの順番が回ってくるのを待っている。ちなみに、その行列の最後尾では、信徒が一人、律儀なことに、あるいは念の入ったことに「最後尾」と書かれたプラカードを掲げて立ち、そのことを示していた。
また、炊き出しには、特に決まった持ち場はないがチャック支部長も来ていて、「ご苦労様」などと信徒の労をねぎらったり、「おばあさん、お体、大丈夫ですか」などとスラム街の住人に声をかけたりしている。支部長自ら営業活動に乗り出すのだから、教団活動における炊き出しの重要性が知れようというもの。
「カトリーナさん、楽しいですよね。今日の頑張りが唯一神の御心にかなえば、多くの人々を唯一神の教えに導くことができるのです」
アメリアは張り切って、(多分、そういう役割なのだろう)あっちに行ったり、こっちに来たりしていて、わたしの顔を見るたびに発破をかけていく。
「一体、なんなのかしら。この人たち、何が楽しくて、こんなこと……」
わたしはふと天を仰ぎ、つぶやいた。
「仕方ないよ。そもそも、マスターが自分で、潜入捜査すると言いだしたことだし……」
プチドラは、わたしの肩にぴょんと飛び乗り、耳元でささやく。確かに言いだしたのはわたしだけど、愚痴の一つや二つ程度なら、構わないだろう。
「それにつけても…… あれ?」
その時、ふと気がついたことがあった。
「あの連中、ぼ~っと突っ立って、一体、なんなのかしら」
気がついたこととは、すなわち、信徒の中に、お粥の調理や配給等の(面倒な)炊き出し作業には加わらず、炊き出しに従事する信徒やお粥を求めて並ぶスラム街の住人を遠巻きに取り囲み、外に向けて武器を構えている者が相当数いたこと。
彼らは一体、何者だろう、そう思っていると……
「カトリーナさん、頑張ってますか。今日は盛況で、お粥はもうすぐなくなりそうです」
その時、うまい具合に、アメリアがわたしのところにやってきた。この際だから、質問してみよう。




