潜入成功
わたしは、困惑したような表情を作りながら、
「でも、わたしでお役に立てるかどうか…… それに、このようなこと、奉公先の主人が良い顔をしないと思います」
「いやいや、あなたの主人の意向は問題ではないのです。なぜならば、これは、唯一神の御心なのですから。それに、これは、あなたの主人にとっても、良いことなのです」
チャック支部長は語気を強めた。おそらく、入信申込書にサインするまで帰さないつもりだろう。
わたしは、じっとうつむいて、考え込むフリ。しばらくしてから顔を上げ、
「分かりました。そのようにおっしゃるなら、わたしも信者の一人に加えていただきたいと思います」
すると、チャック支部長は、顔をパッと明るくして、
「おお、これぞ唯一神の導きです。あなたの前途に常に唯一神の御加護がありますように!」
そして、チャック支部長は立ち上がり、先ほど資料を抱えて入ってきた女性信徒の耳元でボソボソと何やら指示を与えると、他に用事があるのか、足早に応接スペースから去っていった。
支部長がいなくなると、女性信徒は「ふぅ!」と息をはき出し(「やれやれ」ではなく、気合いを入れ直しているように見える)、
「では、事務的な説明等々は、わたしから……、え~っと、自己紹介がまだでしたですね。わたしはアメリア・ベイカーです。専業信者として、この支部の事務的なこと全般を担当しています。最初は……え~っと、この『入信申込書』に氏名を記入いただきたいのですが……」
わたしは言われるがままに、「カトリーナ・ウッド」と、適当な氏名でサイン。
「カトリーナさんですか…… 最初は非専業信者として、え~っと……、とりあえず、時間が空いた時に、支部に来ていただければ結構です。唯一神教の教えとか、わたしたちの活動とかの細かい点は、おいおい分かってくると思いますが……、とにかく、とりあえずは、このくらいでしょうか……」
なんだか、この信徒、頼りなくて少し間が抜けているような気もするが、ともあれ、教団への潜入は、成功と見てよさそうだ。
次の日から、わたしは、2、3日に1回くらいの割合で、くたびれたメイド服を着て教団に通った。支部長は、わたしの顔を見るたびに、ご満悦の様子で、
「今日も支部に足を運んでくださったか。感心なことです。あなたの熱心な信仰が唯一神に通じ、そのうちに、きっと、大きく実を結ぶでしょう」
そして、わたしが訪れるたびに相手をしてくれたのが、事務的なこと全般を担当しているという女性信徒、アメリア・ベイカーだった。彼女は、わたしの教育係的な役割も勤めているらしい。面倒見はよく、教団関係ばかりではあるが、それなりに知識は豊富。
さらに、加えてもうひとつ……
「熱心なのは、いいことです。ただ、勤め先の主人にも怒られないよう…… あっ、あらら!」
ちなみに、「あっ、あらら!」とは、アメリアが廊下でつまづいて倒れそうになって上げた声。彼女はいわゆるドジっ子のようだ。




