公園での出来事
わたしはプチドラを抱き、紙とインクと書物の写しを高級な風呂敷に包み、帝都大図書館を出ると、あらかじめ時間指定で呼び寄せていた馬車に乗った。
プチドラは閲覧室で楽しい夢でも見ることができたのか、わたしの膝の上でニコニコと、口元をほころばせている。でも、わたしは一日中(厳密には、昼から夕方までの半日、いや、四分の一日だが)ペンを走らせていたので、主に精神的な意味で疲労困憊。
わたしはプチドラを目をやり、
「疲れた。こんな時は、いつもの、アレよ、アレ……」
「マスター、その『アレ』というと、やっぱり、あの人のこと?」
プチドラにも、「アレ」で意味が通じたようだ。その「アレ」とは、いつも公園で「ウソ偽りの都で窒息死しそうになっている大衆諸君」みたいな基地外じみた演説をぶって、人々からまったく相手にされていない、あの「神がかり行者」のこと。プチドラは「なんだかなあ」という顔で、あまり乗り気ではなさそうだけど、今日のように疲れた日には、神がかり行者の甲高い声で脳細胞に刺激を与えないことには、晩までもたないだろう。
馬車は、わたしの屋敷に向かう道程から外れ、神がかり行者がいる、いつもの公園に向かった。
ところが……
「あれ? せっかく来たのに、いないの??」
公園の広場にて、わたしは馬車の窓から顔を出し、周囲を見回してみた。しかし、それらしい姿は見えず、非常に特徴的な神がかり行者の声も聞こえてこない。
ただ、公園には誰もいないというわけではなく、いや、むしろ、いつもに比べると人通りは多かった。のみならず、人々は一様にソワソワと、(わたしと同じように)周囲をキョロキョロ見回し、誰かを捜している、あるいは何かを待ち焦がれているような様子。
わたしは「はて」と、首をひねり、
「どうしたのかしら。まさか、ここにいる人たち、あの神がかり行者がやって来るのを待ってるのかしら。いや、そんなはずはないわ。根拠はないけど、それだけは断言できる」
「そうだね。ボクもそう思う。だったら、一体、これは……」
プチドラも「う~ん」と腕を組み、考え込んでいる。
そうこうしているうちに、人々の間から、意味のある言葉としては聞き取れないが、何やらガヤガヤとした声が上がり始め、やがて、
「ああ、教祖様だ! 教祖様のお出ましだぞ!!」
と、公園に集まってきた人々の一人が感動的に叫び声を上げた。
そして、その叫び声を皮切りに、あちこちから「教祖様、教祖様」とのコールが起こり、程なくして、人々は大歓声を上げて、一斉に同じ方向に向けて走り出した。
一体、公園では何が起こっているのだろう。わたしは馬車の中で「はあ?」と、プチドラと顔を見合わせる以外なかった。ただ、これまでの経験則に鑑みれば、ロクでもないこととまでいかなくとも、あまり好ましくないことであることは、確かだと思う。