唯一神の慈悲
わたしが通されたのは、粗末なソファと机が置かれた応接スペースだった。板張りの床には、清潔に保たれているようだけど高級なものとは思われないカーペットが敷かれている。宮殿や屋敷などで高級な家具や調度品ばかり見慣れていたせいか、(一般庶民にとっては)中等の品質のものでも非常にみすぼらしく感じられる。「あまり贅沢するものではないな」と、一人で苦笑いしていると、
「すみません。お掛けになって、少々お待ち下さい」
と、わたしを案内してきた信徒はペコリと頭を下げ、応接スペースを出た。
わたしとプチドラ以外に誰も応接スペースにいなくなったのを見ると、プチドラは、ピョンとわたしの肩に飛び乗り、
「マスター、どうする気? もしかして、本気でお金を借りに来たわけじゃ……」
「さりげなく教団に近づくには、お金を借りるのが一番早いと思ってね。『取っ掛かり』としては十分でしょ。教団は、おそらく、信徒の数を一人でも増やしたいと考えてるはずよ。そのうち……例えば、お金を返しに来たときには、こちらから何も言わなくても、入信の誘いをかけてくると思うわ」
でも、プチドラは、やや懐疑的のようだ。「そんなものかな」と、首をひねった。
しばらくすると、わたしを案内してきた信徒が、中肉中背の愛想の良さそうな中年の男を伴って戻ってきた。
男は、わたしを安心させるようにニッコリと笑うと、わたしの向かい側のソファに座り、
「話は聞きました。大変困っておいでのようですな」
「はい……、恥ずかしい話なのですが、本当に、どうにもならなくなって……」
わたしは顔を伏せ、上目遣いで男の顔色をうかがうようにして言った。
すると、男はウンウンと何度かうなずき、
「ああ、自己紹介がまだでしたな。私は、マイケル・チャック、当支部で支部長をしております」
そして、ふところをゴソゴソとまさぐりながら、
「誰にでも過ちはあります。しかし、あなたはその過ちを告白された。当支部の前で、これは即ち、唯一神の前でということです。唯一神は寛容です。あなたは唯一神の慈悲により救われるでしょう」
と、おもむろに金貨を3枚取り出し、机の上に置いた。
「これを、主人の財布の中に、こっそりと返しておきなさい。唯一神の慈悲があなたを守るでしょう」
わたしは、3枚の金貨をまじまじと見つめながら、躊躇するフリをして、
「そんな……、本当にいただいて、よろしいのでしょうか。いくらなんでも、初対面の人に、そこまでしていただくわけには……」
すると、チャック支部長は、ゆっくりと首を左右に振り、
「いやいや、これは『人』によるものではない。唯一神の慈悲の心によるものと心得なさい」
と、無理矢理、わたしの手に金貨を3枚握らせた。宗教家というものは、本当に、一般人の理解力をはるかに超える発想をするものだ。ともあれ、この日は金貨3枚を受け取り、(支部から離れたところで)馬車に乗って、帰途についた。




