唯一神教の支部の前
日は既に西に傾き、通りには、建物の長い陰が差していた。帰りの馬車が迎えに来る頃には、多分、日が暮れているだろう。
「それじゃ、行きましょうか。支部はどんなところかしら。なんだか楽しみ」
すると、プチドラはギョッとしてピョンと地面に飛び降り、小さな腕を十字に交差させて「×」のサイン。
「マスター、忘れたわけじゃないよね、一本道でも迷子になるという希有な才能を」
言われてみれば、この前にもバイソン市で、わずか300メートルの距離で道に迷ったことがあった。でも、今回、唯一神教の看板は、ここからでもかすかに見えている。さすがに、これで迷子になるとは思えないが……
「ちょっと待っててね、マスター。何があっても、絶対にここを動かないように。約束だよ」
プチドラは念を押し、ピョンピョンと子犬が跳ねるように、その場から離れていった。先に自分で経路を確かめておこうというのだろう。
そして数分後、プチドラが戻ってきて、
「支部はあったよ。どう考えても迷いようがない道だけど、なんといってもマスターだからね。というわけで、ボクが案内するから、ついてきてね」
本当に念の入ったことだ。プチドラは、散歩の際に主人を先導する子犬のように、通りを駆けた。プチドラを追って通りを直進していくと、徐々に唯一神教の看板は大きくなっていく。そして、顔を上げて見れば「唯一神教」の文字がハッキリと目に入る程度の距離まで近づいたところで、わたしはプチドラを呼び寄せて両腕で抱き上げ、
「道案内、ご苦労様。さあ、これからがわたしの舞台よ。迫真の演技でいくわ」
プチドラは、「ハテ」と首をかしげた。もしかすると今まで、本当に隻眼の黒龍モードで殴り込みをかけるつもりだと思っていたのかもしれない。
唯一神教支部の建物には、時折、アイボリー色の衣服をまとった信徒が出たり入ったりしていた。信徒は誰もが人の好さそうな、かつ、善良そうな顔をしている。人を見かけばかりで判断してはならないが、一般論としては、宗教にのめり込みやすい人ほど、他人を信用しやすいお人好しであるということは、言えるのではないか。
わたしはうつむき加減にため息をつきながら、唯一神教支部の前を何度も行ったり来たりした。いかにも困り果てて途方に暮れているように、また、このまま放っておくと、帝都を流れる大河に掛かった橋の上から身投げしそうな悲愴感を漂わせながら。唯一神教が、炊き出しなどの社会福祉的な活動も行っているなら、目の前で困っている人を見捨てるようなことはしないだろう。それがわたしの狙いでもある。
支部に出入りする信徒たちは、わたしに目を留めると、最初のうちは、「なんなんだ」と首をひねったり、いぶかしげな表情でわたしに目をやったりしていたが、やがて、
「あの~、何かお困りのことでもありますでしょうか?」
アイボリー色の衣服をまとった女性信徒が、身をかがめ、わたしを見上げるように声をかけた。どことなく気が弱く自身なさげな感じ。わたしは、内心、ニヤリ……




