工作員は誰
馬車が屋敷に到着すると、わたしはプチドラを抱いて馬車を降り、メイド服は着たままだけど、とりあえず休息を取ることにした。応接室にそれなりに高級な紅茶やお菓子を用意して、アンジェラと一緒にゆっくりと午後のひと時を楽しもう。
「お味はいかがですか、カトリーナ様、アンジェラ」
「まあまあね。そうだ、パターソン、あなたも食べる? 見てるだけじゃ、つまらないでしょう」
「いえ、私は甘いものが苦手なもので……」
パターソンは、手の平を立てて遮るように「結構です」のポーズ。ちなみに、アンジェラは、お菓子をおいしそうに口に運んでいる。なお、プチドラにチラリと目を遣ると、「いらない」の意味か、首を左右に振った。プチドラはパターソン派らしい。
でも、それはそれとして(楽しいおやつの時間は終わりにしよう)、
「パターソン、あなたがさっき言ってた唯一神教の支部のことなんだけど……」
「ええ、1週間ほど前に引っ越してきたようです。唯一神教という、結構大きな看板が上がってますよ」
パターソンによれば、屋敷から馬車に乗って20分程度の比較的裕福な住民の住む住宅街に、支部が設けられたという。これからは金持ちや貴族階級にまで信徒を広げていこうという、教団活動の一環だろう。
「潜入捜査の具体的な方法については、いわゆる『工作員』を、偽装信徒として教団に送り込み、内部情報を獲得するということで、現在、検討しています」
わたしはソファに座ったままニッコリとパターソンを見上げ、
「へえ~、『工作員』を送り込むなんて、本格的ね。それじゃ……」
すると、パターソンは急に真顔になり、腰をかがめて顔をわたしに近づけ、
「おそれながら申し上げますが、まさか、カトリーナ様、ご自分で潜入捜査をなさるつもりではないでしょうね。そればかりは承伏しかねますが……」
先ほど唯一神教集会への調査に無理矢理帯同したせいか、いきなりのダメ出し。でも、このくらいのことで、すんなりと引き下がるわたしではない。
「危険なのは分かるわ。でも、こんな面白そう……、いえ、そうじゃなくて、これほど困難で、やり甲斐のある任務なんて、そうそうあるものではないわ。それに、潜入するのはわたし一人よ、プチドラも含めてだけど。アンジェラまで一緒に行くわけじゃない」
「確かにアンジェラまではいくら何でも……ですが、アンジェラはともかく、相手は怪しい宗教団体ですから、洗脳セミナーとか人格改造講座とか、何があるか分かりませんよ」
「そんなに心配しなくて大丈夫よ。いざとなれば隻眼の黒龍の火炎攻撃で、その支部ごと焼き払ってしまえばいい。帝国宰相は『騒動は起こすな』とか言ってたけど、正当防衛なら構わないわ」
「しかし……」
このような(あまり実りのない)議論は1時間程度続いた。でも、結論的には、今度もパターソンの反対を押し切り、わたしが自ら潜入捜査を行うということで落着。
パターソンも、最後には根負けしたらしく、
「では、くれぐれも、無理や無茶はなさらないようにお願いしますよ」




