コーブ事務局次長の演説
教祖様はストレートヘアの長い黒髪をなびかせ、にこやかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと手を振った。人々は、歓声や拍手でもって、それに応えた。
しばらくして、教祖様が手を下ろすと、広場はしんと静まりかえった。これから、教祖様のありがたい御講話が始まるようだ。
「えっ、え~と……」
教祖様が、ややたどたどしい口調で話し始めた。
「本日は、お日柄も良く…… 皆様、お集まりいただいて、どうもありがとうございました。まずは、わたしたちを引き合わせていただいた唯一神様に、感謝申し上げます」
教祖様は指を組み、ブツブツと何かを(唯一神教の聖典の一節だろうか)つぶやいた。人々も、見よう見まねで教祖様と同じように指を組む。今日の集会は一般人向けの説明会と聞いていたけど、その割には、この人たちは、結構、気合が入っている(やはり教団側が用意したサクラだろうか)。
ところが、これからどんなありがたい話が続くのかと思いきや、
「あ、あの~ それでは、続きは、事務局次長にお願い……」
教祖様はそう言って、恥ずかしそうに後方に退いた。広場は一瞬どよめき、人々は、いぶかしげに顔を見合わせた。なんだか、微妙な雲行き……
流れを引き戻したのは、教祖様の後を受けたレベッカ・コーブ事務局次長だった。コーブ事務局次長は、極めて冷静に「教祖は超が付くほど謙虚でいらっしゃる」と前置きし、それが正しい用法かはともかく、「『実るほど頭を垂れる稲穂かな』の精神」などと、さりげなく教祖を讃えて人々を安心させた上で、
「皆さんは、この世界について、どのようにお考えでしょうか。初代皇帝陛下が天命を受けたと、純粋に信じていらっしゃるのでしょうか。でも、よく考えていただきたいのです。歴史書以前の時代、初代皇帝の時代以前にも、世界は存在していたのですから」
コーブ次長によると、初代皇帝が生存していた時代以前にも既に世界が存在していたはずであり、何事にも始まりと終わりがあるように、世界にも始まりと終わりがなければならない。世界の始まりに何があったかを考えてみた場合、世界が自然発生するはずがないから、誰かが世界を創造しなければならないと考えるのが必然。つまり、その「誰か」こそが「唯一神」であり、このように考えることこそ、唯一の正しい物事の筋道であるという。
この辺り、個人的には突っ込みを入れたいところだけど、コーブ次長が言うには、唯一神教の教祖は唯一神の直系であり、かつ唯一神そのものであって、教祖がそのように語っていることにより裏付けられるから、それをそのまま信じるのが正しい在り方だとのこと。このように言われると、結局、唯一神教の教えを受け入れるか拒むかの二者択一になってしまうけど、この広場にいる人に、今のコーブ次長の話が理解できたのだろうか。
ともあれ、コーブ次長は最後にひと言、
「病気、傷害、失業、家庭不和、借金、生活苦など諸々のご相談につきましても、唯一神教は親身になって承りますので、ご気軽にどうぞ」
やはり、宗教といえば、こういった話が付きものらしい(というか、こっちがメイン?)。




