中流市民の居住地区へ
わたしは久々にメイド服を着て、プチドラを抱き上げた。このところ、値が張るものばかり着ていたので、メイド服は、なんとなく新鮮な感じがする。
プチドラは、わたしをしげしげと見つめ、
「似合ってるね、マスター。どちらかといえば、これはもちろん良い意味だけど、メイド服の方が板に付いてるような感じがする」
「庶民的で、なかなか、いけてるでしょ。わたしも、こっちの方が落ち着くわ」
ところが、応接室で食事の用意をして待っていたパターソンは、わたしのメイド服姿を見ると、「ああ」と額に手を当て、
「カトリーナ様、なんとも、おいたわしい御姿に……」
と、冗談とも本気ともつかないことを言っている。
ちなみに、今日の食事(朝昼兼用)のメニューは(特に意味があるわけではないが説明しよう)、(やや値が張る小麦を使用した)パンと、(ありふれたものでなく珍味の)チーズと、(旬の)野菜のサラダと、(輸入ものの高級な)紅茶という、極めて簡素なもの。
パターソンは、資料を広げ、
「行儀はよろしくないのですが、あまり時間がありません。召し上がりながら聞いてください。今日の唯一神教の集会についてですが……」
彼の説明によれば、この日の集会は、中流市民が居住する地区にある一番大きな広場で行われ、予定では、昼過ぎから夕方まで、教組を始めとする教団幹部が唯一神教の教えを説くことになっている。なお、その場では高額のお布施を請求されたり、洗脳セミナーに勧誘されたりすることはないので、安心してよいとのこと。宗教団体と悪徳商法の関係は、どこの世界でもあまり変わらないようだ。
食事を終えたわたしは、「ゆっくりしていると、間に合いません」とパターソンにせかされ、追い立てられるように(プチドラを抱いて)馬車に乗った。
パターソンもすぐに同乗する。よく見ると、彼もまた庶民的な服装に着替えていた。お互いに、立派な馬車には似つかわしくない格好だけど、
「カトリーナ様、今日は集会が行われる広場から少し離れたところに馬車を停め、徒歩で広場まで向かうことになります。少々、体力やスタミナが必要となりますので、あらかじめ、御覚悟を」
確かに、貴族仕様の馬車から一般庶民が現れるのは不自然だろう。面倒だけど、仕方がない。
こうして準備が整ったところで、御者は馬に鞭を当てた。馬車は屋敷を出ると、駆け足で帝都の一等地を抜け、やがて、中流市民の住む市街地に到達。
目的地近くで馬車の窓から通りを眺めていると、この馬車を中心とした半径数メートルの範囲だけ、円を描くように人通りが途絶えている。通行人はできるだけ馬車に近づかないようにしているらしい。また、家々の窓や路地の間からは、馬車に向かって、何やら冷たい視線が投げかけられているようだ。
パターソンは苦笑しながら、
「詰まるところ、庶民からみれば、貴族はいわゆる『鼻つまみ者』ということでしょう」
なるほど、言われてみれば、納得。




