死闘の果てに
唯一神教の教団本部の中庭(あるいは運動場)は、手負いのサイクロプスにより再び阿鼻叫喚の地獄と化した。繰り返し人々の頭の上に振り下ろされるサイクロプスの両腕(特にその肘から先)は人々の血に染まり、教団本部建物の前は、文字どおりグチャグチャに叩きつぶされた人々の遺体により、埋めつくされた。
ガイウスはその惨状を横目に、「ふぅ~」と息を吐き出し、
「さっきから予想外の進行が続くね。一旦、撤収することにしようか」
「えっ、このまま引き揚げるの!? ……と、いうことは」
わたしは思わず声を上げた。わたしにとって、本来の目標は、教団の財宝。明確な理由を説明できるわけではないが、今ここでの撤収は、なんだか、ちょっと……
しかし、教団の財宝のことなど露ほども知らないガイウスは、不思議そうな顔をして、
「何か不都合でもあるのかい? 悪いけど、我々の体力・精神力も、本当に限界だよ」
教団本部の中庭(あるいは運動場)では、手負いのサイクロプスによる容赦のない殺戮が続いていた。あえて目をこらしてみると、ひしゃげた(バケツかゴミ箱のような)円筒型の兜が幾つも見える。武装盗賊団の中にも、サイクロプスの無差別攻撃で命を落とした者が多数いたようだ。他方、ツンドラ侯は、今のところサイクロプスの攻撃をかわしつつ、なんとか生き残っている様子。ちなみに、配下の警備兵たちは、サイクロプスを後方から遠巻きに(また、物音を立てないよう慎重に)取り囲み、手を出しあぐねている。
サイクロプスの勢いは、なおも止まらない。膝立ちして前方ににじり寄り、(悲鳴や絶叫を頼りに)今なお生き残っている者を狙い、容赦なく鉄球のような拳を振り下ろしている。
プチドラは、わたしの腕の中から、おもむろにわたしを見上げ、
「あの~、マスター、今まで黙って傍観してきたけど…… 大丈夫かな?」
「大丈夫って? なんだか……、あまりにも唐突過ぎじゃない?」
わたしは「はて」と首をかしげた。いきなり「大丈夫?」と言われても、すぐには、何がどのように大丈夫なのか……、しかし、その意味は、すぐに明らかになった。
サイクロプスは教団本部の中庭(あるいは運動場)を血に染めながら、少しずつ前方へと膝行していった。やがて、その巨大な頭部が教団本部の建物に接触し……
サイクロプスは、すぐ前に巨大な敵(例えばゴーレムなど)がいると勘違いしたのだろう、突如「はぁっぽー」とか「ふぁっひー」とか雄叫びを上げて豪腕を振り回し、教団本部建物の一部分を木っ端微塵に粉砕してしまった。
その時、無情にも、ガイウスが少々くたびれた声で、
「みんな、用意はいいかい? じゃあ、行くぞ」
「えっ、もう!? ちょっと!! ちょっと待って!!!」
「すまない、もう限界だ」
「えっ! それはマズいのよ!! 後生だから、お願い!!!」
しかし、わたしの願いも空しく、私たちを乗せたダーク・エルフの魔法の球体は、ふわふわと大空高く舞い上がるのだった。




