一騎打ちの前の口上
このように、サイクロプスと武装盗賊団による虐殺、地獄絵図が繰り広げられる中で、ツンドラ侯と彼に従う帝都の警備兵が何をしていたかとというと……
「唯一神教信徒諸君、君たちは不法に集会を開き、帝都の平安の乱している。今すぐ解散せよ、解散せよ、もう一度言う、解散せよ~!」
と(これは、ツンドラ侯自らの発言ではないが)、実にお気楽な雰囲気を醸し出していた。警察の役目は、原理的・本来的には、市民生活の平安を守ることのはずだが、ここ帝都の警察は、現行犯で行われている武装盗賊団の犯罪行為を止めさせるのでもなく、団員を逮捕するのでもない。まるで、暴走族の背後を追走するだけの、どこぞの県警のごとく、「まるっきり、やる気ありません」という態度。
そればかりか、通りのもう一方(武装盗賊団とは反対側)に多人数で人壁を作り、近づく人を蹴飛ばしたり槍の柄で殴ったりなど、武装盗賊団の虐殺に対する幇助行為まで行っている。
さすがのわたしも、これには、ほんの少しだけあきれて、
「帝都の警察って……、なんのためにいるのか、分からないわね」
プチドラは、わたしを見上げ苦笑しつつ、
「そうだね。でも、警察の役目は、基本的には現支配体制の維持だから。武装盗賊団と唯一神教の間の事柄については、言ってみれば、民事不介入の原則かな」
ファンタジーの世界で「民事不介入」の適否はともかく、仮にその原則が妥当するとしても、目の前で行われているのは、(明々白々な)現行犯の組織的殺戮行為という重大犯罪ではないか。
「でも、まあ、いいか。どうせ他人事だし……」
と、わたしが「ふぅ」と小さくため息をついた、その時……
「サイクロプスよ! 逃げるんじゃないぞ!! とにかく、今、尋常に勝負だ!!!」
ツンドラ侯の大きな声が、人々の悲鳴や怒号等々などを物ともせず、通りに響き渡った。見ると、今までどこに隠していたのか知らないが、ひと際……いや、常識外れに長い(10メートル以上の)槍を両手に構えたツンドラ侯が馬上で踏ん張り、一騎打ちの前の必須の作法なのだろう、長々と「遠からんものは音に聞け」みたいな口上を述べている(「単細胞」の脳髄に無理矢理に強烈な負荷をかけ、暗記したのだろう)。
一方、サイクロプスは、そのような口上には興味はない(あるいは理解不能)といった様子で、ズシンズシンと地響きを立てて、二、三歩、ツンドラ侯に近づいた(なお、サイクロプスが歩を進めるたびに、通りの唯一神教信徒(及び運悪く居合わせた一般市民)が踏みつぶされたため、擬音語としては「ズシン」より「グチャッ」が適切かもしれない)。
サイクロプスは、超巨大な棍棒を振り上げ
「うぉー! おぁっぽー!!」
と、雷鳴のような雄叫びを上げると、渾身の力を込め、棍棒をツンドラ侯目がけて振り下ろした。ツンドラ侯は、口上を述べることに完全に気を取られていたのか、ギリギリのところで身をかわし、危うく最初の一撃でペチャンコにされるところだった。




