殺戮の開始
魔法の球体はふわふわと上昇し、程よく地上を見下ろせる程度の高さ(厳密に言えば、4階建ての教団本部建物の屋上くらい)で静止した。
わたしはガイウスに顔を向け、
「引き揚げると思ったけど……、違うの?」
「そうだな。引き揚げてもいいけど、気になるだろう、この騒動の成行が」
そう言って、ガイウスはニッコリ。しかし、額からは脂汗がにじんでいる。今回はガイウスも魔法をかける側なので(加えて言えば、さほど得意分野ではない魔法のようだ)、それなりに体力や精神力を消費するのだろう。
クラウディアは、ふぅふぅと、やや呼吸を乱しながら、
「何はともあれ、この一件の一部始終を見届けないことには、ね……」
と、同様にニッコリ。笑顔でいられるほど余裕があるようには見えないが……、多分、エルフの野次馬根性がそうさせているのだろう。
地上を見渡してみると、武装盗賊団やツンドラ侯率いる帝都の警備兵に前後から挟み撃ちにされた格好となった教団信徒(及び運悪く居合わせた一般市民)たちは、進退窮まって、あわよくば、又は願わくば、教団本部前にいる恐ろしげなサイクロプスの脇をすり抜けて教団本部の中庭(あるいは運動場)に逃げ込もうと、一斉に駆けだしていた。
サイクロプスは、(サイクロプスの視点から見れば)自らの足下でウジャウジャとうごめいている群衆に苛立ったのか、ついには「あぁっぽー!」と雄叫びを上げて、超巨大な棍棒を振り上げ……
「おっ、ついにやるかっ!」
ちなみに、これはガイウスの声。心なしか、どこか期待に満ちた、まるでこれから面白い出し物が始まるかのような響きを感じるが、それはさておき……
サイクロプスの超巨大な棍棒の一振りによって、数人の教団信徒(及び運悪く居合わせた一般市民)が、文字どおりグチャッと、カエルやカメの轢死体のごとくペチャンコにされてしまった。
人々の間からは、「ひぃー」とか「きゃぁー」とか、死の恐怖に満ち満ちた悲鳴が上がった。しかし、後方からは武装盗賊団や帝都の警備兵が迫っていて、教団信徒(及び運悪く居合わせた一般市民)にとっては、前に進む以外に助かる道はない。
武装盗賊団は、当初より教団信徒の殲滅(皆殺し)を企図していたのか、背後から、教団のユニフォーム(アイボリー色の衣服)着用者に斬りかかり、血祭りにあげている。のみならず、まるで……ではなく、本当に心底から殺戮を楽しんでいるのだろう、ユニフォームを着ていない一般市民に対しても、情け赦なく剣を振り下ろし、通りに死体の山を築いている。
「さすがにここまでなると、ひどいですねぇ」
と、クラウディア。ただ、雰囲気的には、(わたしも含めてだけど)遠くから眺めている分には気楽なのか、例えて言えば、囲碁で大石を取られて「まいったな」とぼやいてるみたいな感じ。




