「検討」の意味と乱闘騒ぎ
総務部長は「困った」と頭を抱えている。神祇庁に、宗教的活動の取締りや指導等の権限がなければ、いくら検討しても、有効な対策を打ち出すことはできないことになる。でも、そう深刻に捉える問題だろうか。こちらが言及したのは「検討」という行為だけであり、検討結果の提示や、その結果に基づく行動を約束したわけではない。
「帰るわ。馬車を廻してもらって頂戴。宗教界の要望の件は、難しく考えないで、『考えたけど結局ダメだった』ことが分かるような証拠、つまり、アリバイ作りをするくらいでいいわよ」
ともあれ、今日のところは屋敷に戻ることにしよう。もしかしたら(希望的・楽観的観測としては)、そのうち、宗教界の要望の件で良い智恵が浮かぶかもしれない。
帰りの馬車の中、プチドラはわたしを見上げ、
「マスター、なんだか怪しい雲行きになってきたね」
「そうね。帝国宰相からは『唯一神教の違法行為の証拠をつかめ』と言われ、帝都の宗教界の代表からは『唯一神教を取り締まってくれ』って……」
なんだか、今後のことを考えると気が重い。こうなれば、非常に乱暴な表現だけど、そもそも唯一神教なんか存在しなければ面倒はないのだから、いっそのこと、親衛隊、猟犬隊、隻眼の黒龍等々、持てる戦力を総動員して、教団を殲滅してみたりして……
「マスター、何を考えているの? マスターのことだから、きっと……」
プチドラはわたしの肩に飛び乗り、わたしの顔を「じーっ」と見つめている。プチドラにも、おおよそのところは察しがついているのだろうか。
「なんでもないわ。そこまでの危険思想はね……」
一応、わたしにも常識は備わっているつもり。教団の殲滅は今のところ求められていないし、帝都まで親衛隊や猟犬隊を遠征させるには莫大な費用がかかる。(経費の回収を含め)ある程度の利益が見込めないところで戦争を仕掛けるほど、わたしは愚かではない。
「そうだわ、こんな時は……」
わたしはポンと掌を併せた。こんな時は、いつもの公園の精神的な滋養強壮剤、すなわち神がかり行者。
ところが……
今日も公園に神がかり行者はいなかった(わたしは内心ガッカリ)。
その代わりに公園にいたのは、この前と同じように、唯一神教の信徒たち。ただ、前回とは、かなり様相が違っている。地域住民と思しき雑多な格好をした人々の集団が二つ、公園を二分するように対峙しており、そのうち一方の集団の中心にアイボリー色の衣に身を包んだ集団が取り込まれている。
何があったのか知らないが、両集団はにらみ合い、一触即発といった状況。やがて、一部で小競り合いが始まり、それが全体に波及し、乱闘へと発展していく。
プチドラは「おおー」と、驚愕とも感動ともつかない声を上げ、
「マスター、危ないよ。巻き込まれないうちに、帰ろうよ」
「そうね。事態を収拾するのは警察の仕事だし……」
君子危うきに近寄らずではないが、とにかくこの場を離れよう。馬車は急ぎ屋敷に向かった。