闘技場前にて
帝都の闘技場は、中央部に広い円形のアリーナがあり、その周囲を(上から見れば)円形の観客席が取り囲んでいる。観客席は(断面図としては)、外側に向かって高くなるよう階段状に設置され、観客席の重量は、アーチ型に組み上げられた石のユニットを(柱として)何十、何百と組み合わせ配置することにより、支えられている。収容人数は、ガイウスの解説によれば、5万人を下らないとか。ただ、今は夜遅いこともあって、闘技場の周囲に人影は見当たらない。
わたしは目の前にそびえる闘技場の威容を見上げ、思わず、
「すごいわね。月並みな表現だけど……」
「そうだな。確かに巨大建築物ではある。でも、感心するのはそのくらいにして、これから、この馬鹿をサイクロプスと引き合わせることにしよう」
と、ガイウスは、グルグル巻きにされているキャンベル事務局長を軽く蹴飛ばした。
ところが、キャンベル事務局長は「ぐー、ぐー」と大いびきをかいて眠っていて、ピクリとも動かない。仮に目を覚ましたとしても、酔いが回ってマトモに話ができないようなら、使い物にならないだろう。
すると、ガイウスはチッと舌打ちして、
「仕方ないな。こんな馬鹿相手に使うのはもったいないが……」
「そうですね。でも、『すべてのエルフの母』を救い出すためですから」
クラウディアも、あまり本意ではなさそうだけど、キラキラと輝く丸薬の入った小瓶をどこからか取り出し、その小瓶から丸薬を一つつまみ出した。その丸薬は、見たところ、わたしとプチドラがゲテモンで苦しんでいる時に飲まされたのと同じものようだ。
その時……
「あの~、マスター、ちょっと……」
と、だしぬけに、プチドラがわたしを見上げて言った。
「プチドラ、さっきから、なんなの? 言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「さっきから思ってたんだけど、つまり、『ボクたちの目的って、なんだろう』ということ。騒ぎを起こすこと自体は目的じゃなくて、それは、目的達成のための手段だよね」
「いきなり複雑なことを言うのね。え~っと……、それって、どういうこと?」
わたしは、「はて」と首をひねった。
すると、プチドラはクビを右に左に、何度か行き来させ(「ダメダメ」と言いたげな様子)、
「だから……、さっき、教団本部に忍び込んだとき、廊下に信徒は出てきてなかったでしょ。だから、キャンベル事務局長を拉致するついでに、教団の宝物庫……つまり錠前が3重にかけられた『開かずの間』から、金銀財宝を運び出すこともできたかもしれないということ」
「えっ!?」
その瞬間、わたしは、(非常に誇張して言えば)頭の上に工事現場の鉄骨が落ちてきたような衝撃を受け、その場でフリーズしてしまった。確かに、プチドラの言うように、怒れるキャンベル事務局長が酔っ払って教団本部内を徘徊している間、他の信徒は自室に身を潜めている。信徒たちは、恐らくは朝まで廊下に出てこないだろうから、キャンベル事務局長さえ排除すれば、金銀財宝を運び出すことに何の障害もない。




