失意のツンドラ侯
ツンドラ侯は、それこそ目に涙を浮かべながら(これは、誇張した表現ではなくて)、
「俺様は、皇帝陛下の御心を世に知らしめし、帝都の民衆に最大の楽しみを提供すべく、ゲテモンバーベキューパーティーを主張したのだ。それなのに、どうして誰も分かってくれないのだ」
と、ガックリとうなだれた。
ニューバーグ男爵によれば、午前から会議が行われ、バーベキューの食材に関する評決を行ったところ、ツンドラ侯を除く全員の反対により、ゲテモンが否決され、(一般的な)牛肉によるバーベキューと決定されたらしい。当然と言えば当然の成り行きだけど、ツンドラ侯にとっては「俺様ではなく世の中が間違っている」ということのようだ。
ツンドラ侯は、ある種の悲壮感を漂わせながら、ゆっくりと顔を上げ、
「よし、こうなったら、今日はゲテモン屋だ。そうだ、そうしよう」
そして、ニューバーグ男爵に顔を向け、
「いいよな。今日ぐらい、腹一杯ゲテモンを食ってやる。景気づけだ。構わないだろう」
「本日は、午後には特段の予定は入っていませんから、心ゆくまで、ごゆっくり」
すると、ツンドラ侯は「うぉー!」と雄叫びを上げ、
「よし、ウェルシー伯、決まりだ! 今日は、史上最強のゲテモンにチャレンジだ!!」
この瞬間、わたしの内心は暗転…… 予想どおりの展開だけど、今からオエップ……
こうして、わたし(及びプチドラ)はツンドラ侯の馬車に揺られ、ゲテモン屋へと向かうこととなった。刑場に送られる死刑囚の気分とは、こういうものだろうか。馬車に乗ってから、胸の動悸が激しくなっている。また、プチドラも青白い顔をして、ブルブルと震えている様子。
一方、ツンドラ侯は御機嫌で、さっきまで沈んでいたのがまるでウソのように、「今日のゲテモン屋は『神話の山地の珍味展』だ」とか、「今日は俺様の胃袋とゲテモンの前哨戦だ」とか、子どもが遠足かピクニックに出かけるようなはしゃぎよう。
「ところで、ウェルシー伯、知っているか?」
「はい? いきなり『知っているか』と言われましても……」
「そうだな、そうだよな! 俺様としたことが。つまり、来週の『大盤振る舞い』だが、俺様の対戦相手は、なかなかの強敵らしいんだ」
「それは確かに…… 聞くところによれば、相手はサイクロプスという話ですから」
「そうだ、サイクロプスだ。しかも、今回は、サイクロプスの中でも、チャンピオンクラスの実力者を招聘するらしいぞ。まあ、それでこそ、この俺様の実力が引き立つというもんだがな」
ちなみに、ツンドラ侯の(あまり要領を得ない)話によれば、今回の対戦相手は、サイクロプス社会の武闘大会において、過去に何度も優勝した実力者であり、最近では加齢のせいか全盛期ほどの力強さは見られなくなっているが、それでも実力的にはサイクロプス社会の十指に入る強者だという。そんな剛の者が相手とは、ツンドラ侯は本当に大丈夫だろうか。




