野暮用にて
コーブ事務局次長は何やら少し難しい顔になって、チッと舌打ちすると、
「結論から言うと、カン違いするのは、あの馬鹿だけで十分なのよ。教団としては、今、武装盗賊団であれ帝都の宗教界であれ、大規模な抗争に入る気は、毛頭ないんだから」
「……ということは、つまり?」
「言わなければ分からない? 要するに、相手が誰であれ、派手な喧嘩は御法度ということ。この前のあなたの情報だと、帝国政府も教団の弾圧を考えてるそうじゃない。どの程度本気か知らないけど、帝国政府にも睨まれてる時に、目立つことをしてどうするの?」
「はい、それは確かに……」
今更だけど、事務局次長は常識人のようだ。教団に対し反感を抱いている人も少なくない中、死傷者が出るような戦闘で教団のイメージを悪くされたら困るということだろう。
「だから……、あの馬鹿とつるむのはやめなさい。特に、これから1週間か2種週間程度は。これは命令だからね。分かった?」
コーブ事務局次長は、語尾に力を込めた。わたしとしても、心情的には、キャンベル事務局長とつるむのは願い下げだけれど……
「御命令は理解しましたが、『これから1週間か2週間』とは、どういう意味で?」
すると、コーブ事務局次長は、ハッとしたように手を口に当てた。
コーブ事務局次長は眉間にしわを寄せて考えていたが、やがて、もう一度チッと舌打ちし、
「まあ、いいか、自分がいなくなれば、そのうち皆に知れ渡るだろうし……」
そして、わたしの耳に口を近づけ、小声でヒソヒソヒソと……
「早い話、野暮用でね。それが1週間後なのさ。ただ、今回は、日帰りというわけにはいかず、数日間、教団本部を空けることになる。その間、あの馬鹿が妙な問題を起こさないようにと、こういうこと」
その話を聞きながら、わたしは内心「よしっ」と歓喜の声を上げていた。コーブ事務次長の「野暮用」とは、ウェストゲート公(加えて、アート公とサムストック公)とのいわゆる枕営業だろう。しかも、今回は数日間のお泊まり旅行らしい。であれば、事務局次長が不在のうちに、キャンベル事務局長を動かすことができるかも……
しかし、わたしはそのことをおくびにも出さず、
「事務局次長、重々承知いたしました。特に今後の1週間か2週間程度ですか。大人しく、ひっそり、こっそりと、二重スパイとしての宮殿での調査を続行いたします」
わたしはそう言って、社交儀礼程度に頭を下げ、コーブ事務局次長の部屋を出た。
ともかくも、今日は結構盛り沢山の一日だった。のみならず、教団で用意してもらった馬車で、帝都の一等地にあるわたしの屋敷に戻ってみと、
「唯一神を信じない人たちが火の中に投げ込まれるという地獄とは、なんなのでしょう。それは、地名でしょうか。この世界のどこにあるのですか?」
「ですから、地獄とは、この世界とは違って地獄なのであって、地獄は地獄という……」
アンジェラがアメリアをやり込めている最中だった。




