キャンベル事務局長の野心
馬車は、教団本部までの道のりを、やや速度を上げて進んでいった。
キャンベル事務局長は、空になった革袋を車窓からポイと投げ捨てると、馬車の中をゴソゴソと……、どこかに隠していたのだろう、新しい革袋(先刻と同様、アルコール飲料であろう)を取り出した。
「やはり、この一杯に命をかけて、だな……」
命をかけてまで飲むことはないと思うけど……、好みは人それぞれだろう。ちなみにプチドラは、その怪しげな瓶をじっと見つめ、口の端からよだれを垂らしている。大酒飲みにも困ったものだ。
「くそっ、くそっ、くそっ! レベッカのやつめ!!」
突如として、キャンベル事務局長が叫んだ。予測のつかない行動は酔っ払いの特権だけど、運悪く近くに居合わせた人にとっては迷惑意外の何物でもない。
「俺との誓いを忘れやがって! そんなに、いい服が着たいか、いい物を食べたいか、くそっ、冗談じゃないぞ、ごるぁ!!」
冗談じゃないのはキャンベル事務局長だと思うけど、それはさておき……、事務局長の話によれば、教祖様であるクレアの能力を利用して金儲けをしようと最初に思いついたのは自分であり、唯一神教の教義体系も、元々はキャンベル事務局長の出身地独自のローカルな宗教のパクリであり、教団を組織した究極の目的は「貴族どもをやっつけて、天下を取る」ことにあったのだという。
「教団で天下を取るのですか。それは、壮大な計画ですね」
と、黙り込んでいるのも悪いので、相槌を打ってみると、
「そうだろう、そう思うだろう! やはり、俺の見込んだとおりだ!!」
キャンベル事務局長は、一層熱を込めて語り始めた。事務局長の出自は、とある辺境地方の貧農であり、幼い頃は地主や領主・貴族の搾取に苦しめられてきたという。あるとき、とにかくビッグになるという野望を抱いて故郷の村を飛び出し、レベッカ・コーブという女性(つまり、事務局次長)と出会い、彼女もまた下層階級出身であったので意気投合し、その際に、「貴族どもをやっつけて、天下を取る」ことを誓い合ったのだとか。どういう脈絡なのか、イマイチ分からないところがあるが、いわゆる若気の至りというものだろう。
「それを、くそっ! レベッカのやつめ、あんなブタ野郎どもと!!」
ブタ野郎どもとは、基本的にはウェストゲート公のことだろう。「ども」ということは、アート公やサムストック公も含めてのことかもしれない。
「もう少し戦力が整ったら……、ブタ野郎どもめ、この俺が成敗してやる!」
またしても不意に、キャンベル事務局長は「うおぉ!」と大声で吼えた。
わたしは、内心、「えっ!?」という気分。事務局長が本気で「ブタ野郎ども」を「成敗」するつもりであれば、教団による暴動・騒擾・反乱等々を切望するわたしにとっては、まさに渡りに舟。こちらとしては、お膳立てを整えるだけだ。でも、本当に本気だろうか。思いもかけないところで、こうもあっさりと事が運ぶと、何やら気味の悪さも感じないではない。




