「帝国2000万の神々(第1巻)」
わたしはふと立ち上がり、資料や書類がギッシリと並べられた本箱の前まで小移動、本箱の中をのぞいてみた。資料・書類をよく見ると、製本されたものばかりではなく、紐で綴じられたものや、いくつかの書類がまとめて袋に入れられたものなど、実に多種多様なものが収められている。
プチドラはわたしの肩によじ登り、本箱の資料・書類とわたしの顔を交互に見つめ、
「マスター、どうしたの? もしかして、真面目に仕事に取り組もうと勉強する気になったとか?」
「そんなわけ、ないでしょ。真面目になんて……、絶対にあり得ないわ」
自慢できる話ではないが、それだけは天地神明に誓ってでも、断言できる。
「でもね、これだけたくさん資料があるのだから、少しくらいなくなっても……」
すなわち、次官室の資料を少しばかり無期限に拝借して、屋敷やウェルシーに持ち帰れば、わざわざ帝都大図書館に足を運ばなくても、学術的な書物を求めるエレンや、難しくてためになる本が読みたいというアンジェラの要望を満たすことができるということ。
プチドラは、わたしの意図を察してかどうか知らないが、何やら言いたげにわたしの顔を「じーっ」と見つめている。
「これなんか、どうかしら」
わたしが手にとったのは、神祇庁編纂「帝国2000万の神々(第1巻)」という、200頁程度の書物。同書は全55巻という大著のようだが、第1巻は総論という位置づけで、帝国における宗教状況に関し、全体的・概観的に分かりやすく記述するというスタイル。
ちなみに、その「帝国2000万の神々(第1巻)」の冒頭部分(総論の中でも、更に総論の部分)に目を通してみると、現在の帝国で信仰されている宗教は、多分に世俗的な要素も含む多神教であり、信仰の対象となっている神々を数え上げていくと2000万は下らないという。すなわち、日本や古代(コンスタンティヌス大帝より前の)ローマのごとく、万物に「みたま」が宿るということで「みたま」が信仰の対象となったり、人が大往生を遂げればあの世から子孫を守護するということで先祖が信仰の対象となったり、国家形成にまつわる話(神話)に登場する神々・英雄も信仰の対象になったり、その他諸々なんでもありという、言ってみればカオスの世界。
これだけ神様がいると、「この土地はこの神様のものだから、他の神様は出て行け」みたいに、信徒の間で宗教紛争が発生しそうな感もあるが、パッと見たところ、そういう物騒な記述はない。社会的に、各人がどの神様を信じるかは自由であり、それがゆえに他人の信仰の自由も尊重しなければならないという規範が根付いているのだろう。また、帝国政府も、特定の宗教を信仰するように、あるいは、信仰しないように強制することはなさそうだ(宗教弾圧や異端審問のような記述がないところから、そう想像できる)。
他方、唯一教は「自分たちの信仰する神こそ唯一絶対、それ以外は認めない」と主張しているが、こういった世界の常識的な住人には、唯一神教の教えは奇異に映るだろう。




