あの人は今
神がかり行者の周囲に、唯一神教の信徒が、一人、また一人と集まっていった。その中には、筋骨たくましいマッチョマンも加わっている。彼らは教団の「聖戦士」なのだろう、アイボリー色の衣服には銅の刺繍が施されている。
「ねえ、マスター、あの人を見て!」
不意に、プチドラが声を上げた。プチドラの視線が示す先に目を遣ると、教団信徒の集団の中、聖戦士に囲まれて、何やら見覚えのある(しかし、あまり覚えていたくない)顔が見えた。あの人は……あるいは、「人」と呼称すべきかどうかという問題もあるが、ともあれ、教団の事務局長に違いない。
わたしは「ふぅ」と小さく息を吐き出し、
「あれは、キャンベル事務局長でしょ。ただ、事務局長なら……、話をしたいとも思わないし、いちいち教えてくれなくていいわよ」
「うん、だから、キャンベル事務局長だけじゃなくて、事務局長の横にいる、あの人。マスターは覚えてる?」
「事務局長の横にいる人?」
キャンベル事務局長の周囲には聖戦士がいるが、聖戦士に知り合いはいない。聖戦士以外では、無地のアイボリー色の衣服を着た(つまり、階級としては一般信徒)中肉中背の愛想の良さそうな中年男が一人、キャンベル事務局長の傍らで身振り手振りを交えて何やら説明しているだけだが……
「マスター、忘れたの? あの人、チャック支部長じゃないかな」
「チャック支部長?」
言われてみると、潜入捜査の最初の潜入先にそういう人もいたような気もする。ただ、さほど特徴のなかった人でもあり、名前はなんとか思い出せたという程度。
ともあれ、現状をかいつまんで言えば、キャンベル事務局長、チャック支部長及び教団の聖戦士が集団で、神がかり行者を取り囲んでいるという状況。
わたしは馬車の中から、神がかり行者(及び唯一神教信徒の集団)に目を向けながら、
「どうなるのかしら。もしかして、これから血の雨が降る?」
「それはどうかな。ただ、血の雨が降るとしたら、唯一神教信徒たちには気の毒だね」
プチドラは、何やら意味ありげな言いよう。詳しくは知らないけど(知りたいとも思わないが)、プチドラと神がかり行者は昔からの知り合いみたいだから、神がかり行者のことは、プチドラの方がよく知っているのだろう。
ところが、わたしが神がかり行者の一挙手一投足に注目していた、まさにその時……
……ぺ……れ……ぎ……よ…… ……ぺ……れ……ぎ……よ……
……ぺ……れ……ぺ……れ…… ……ぺ……れ……さ……ぁ……
どういう脈絡なのか分からないけど、遠くから、どこかで(聞き飽きるくらいに)聞いた不気味なコーラスが、管楽器や打楽器の音も伴って、公園に流れ込んできた。




