神がかり行者登場!
帰りの馬車の中、わたしはふとプチドラを抱き上げ、
「今日は疲れたわ。なんの脈絡もないけど、こういう時は、公園まで寄り道して、久しぶりにアレよ、アレ。分かるかしら」
「マスター、『アレ』というと、本当に久しぶりだけど、『アレ』のこと?」
プチドラにも「アレ」で意味が通じたようだ。「アレ」とは、公園で「ウソ偽りの都で窒息死しそうになっている大衆諸君」みたいな基地外じみた演説をぶっている「神がかり行者」のこと。このところ久しく神がかり行者の姿を目にしていないので、今日は、久しぶりに彼の基地外ぶりを見てみたい気分。プチドラは、「なんだかなあ」という顔で、あまり乗り気ではなさそうだけど、そもそも馬車の行き先の決定権はわたしにある。
というわけで、馬車は、わたしの屋敷に向かう道程から外れ、神がかり行者がいる公園に方向を向けた。
前に公園に来た時には、唯一神教の信徒たちが公園を事実上占拠し、神がかり行者の姿は見当たらなかったが、今日はどうだろうか。馬車が公園の広場に到着すると、わたしは馬車の窓から顔を出し、周囲を見回した。
すると……
「ウソ偽りの大海深く沈み、腐臭に包まれ日々を過ごす一般大衆諸君! 世はなべて虚飾に満ち、真実の光は背信と悪徳に満ちた黒い雲に覆われている!!」
特徴的な甲高い声が、わたしの耳に飛び込んできた。
「きたー!!!」
わたしは思わず叫んだ。今日公園にいるのは、間違いなく神がかり行者。彼は例によってボロボロの衣服をまとい、汚れた髪を振り乱し、いつもの名(迷?)調子をぶっている。
「耳ある者は聞くがいい、無知蒙昧な大衆諸君! 嫉妬深く排他的で怒りっぽい神に帰依する者は、熱い鉄板の上で焼かれるより前に、ならず者の冷たい刃物に倒れるであろう!!」
「はい???」
わたしは馬車の中で首をひねり、プチドラと顔を見合わせた。神がかり行者の言うことは、いつものことだけど意味不明。どうせ誰もマトモに聞いていないし、本人が気に入って悦に入っているなら、好きなように話せばいいだろう
ところが、今日は少し感じが違って……、実際、違うのは「感じ」だけではなかった。
「マスター、あれを見て。公園に、唯一神教の人たちがいるよ。そこにも、あそこにも……」
車窓越しに公園を眺めていたプチドラが言った。プチドラの視線の先では、アイボリー色のゆったりとしたユニフォームに身を包んだ教団信徒が、にこやかな表情で公園を歩いている人たちを呼び止め、もの柔らかな調子で何やら語りかけている。これは、唯一神教の布教(街頭宣伝)活動だろうか。御苦労なことだ。現代のパチンコ屋やマンションの宣伝のようにティッシュを配ればよさそうなものだけど、紙が貴重な中世ファンタジー風の異世界では、そういうわけにもいかないのだろう。
ともあれ、神がかり行者の基地外演説の横で唯一神教の布教活動が見られるなんて、妙な取り合わせもあるものだ。




