今日のところは屋敷に戻ろう
わたしは「ふぅ」と小さく息を吐き出すと、プチドラを抱いて立ち上がり、
「じゃあ、そういうことで……」
神祇庁次官席の椅子から立ち上がった。
総務部長は心細そうな顔をしてわたしを見上げ、
「あの~、次官、『そういうことで』とは、どういうことでございましょう」
「あなたが今ここで見たことは、すべて忘れてしまいなさい。帝都の宗教界の代表が何をしでかすか知らないけど、神祇庁としては一切関知していないことにするから、そのつもりでね」
「ですが、仮に何か事件が持ち上がるようなことがあった場合は……、法的な問題は別として、しかし、道義的・政治的には、神祇庁の責任問題に発展するおそれもあり……」
と、総務部長は、なおも食い下がろうとするが、
「だから、忘れなさいと言ってるの。神祇庁みんなで知らん顔してればいいわ。面倒だし……」
わたしは適当に総務部長をあしらい、プチドラを抱いて早々に(全力疾走で)神祇庁を退散した。
そして……
「なんだか、とんだ災難だったわね」
ちなみに、ここは宮殿の玄関。並外れた方向音痴のわたしだけど、時として、気がついた時に、うまい具合に行きたいところにいるということも、あるものだ。
「マスター、今日の神祇庁では、過激な発言が多かったね」
プチドラは、「やれやれ」というような顔で、わたしを見上げた。自分ではそれほど「過激」なことを言ったつもりはないが、国会での意味不明な役人答弁を想起してみれば、プチドラや総務部長の懸念も分からないではない。
「でも、そうは言っても、もう口に出しちゃったものは仕方がないわ」
古に言う「綸言汗のごとし」のように(皇帝ではないけれど)、今更、先刻の発言の撤回や取消はナンセンスだろう。ただ、わたし自身が法に違背したわけではない。別にどうということはないと思う。
程なくして、玄関先に馬車がやって来た。今日のところは、屋敷に戻ることにしよう。わたしはプチドラを抱き、「よいしょ」と馬車に乗り込む。
「あの~、マスター、今日はツンドラ侯に会うのではなかったの?」
プチドラは、「あれっ?」という表情を浮かべ、わたしを見上げた。
「そのつもりだったけど、予定変更。今日はやめておくわ。神祇庁でわけの分からない応対を迫られた後だし、なんとなくね。ただ、プチドラ、あなたがどうしてもと言うなら……、ゲテモン料理覚悟なら、話は別だけどね」
プチドラはブルッと身震いし、大きな頭をグルングルンと右に左に動かした(予想どおりの反応)。
そして、御者が馬に鞭を当て、馬車はゆっくりと動き出した。




