「事実上」の問題
コリー最高神官官房次長は、わたしの話が済むと、向かいから大きく身を乗り出し、
「分かりました。ということは、帝国政府と無関係な集団が唯一神教を撲滅するのであれば容認される、そういう意味でよろしいですかな」
「言ってる意味がよく分からないんだけど、好きなように解釈してもらって結構よ」
すると、帝都の宗教界の代表は、「おおー!」と、まるで贔屓のチーム(野球であれサッカーであれ)が優勝したかのように、感情を爆発させた。
コリー最高神官官房次長は、身を乗り出した姿勢のまま、情熱的にわたしの手を握りしめ、
「御英断です! さすが神祇庁次官、問題の本質を見抜いていらっしゃる!!」
帝都の宗教界の代表は、わたしの話をどう受け取ったのか知らないけど、コリー最高神官官房次長を先頭に、列をなして次官室から退出していった。
わたしは、次官室を出る帝都の宗教界の代表の後ろ姿に目を遣りながら、
「なんだかね……、本当に、なんだったのかしら……」
半ば放心状態で床に座り込んでいた総務部長は、宗教界の代表が全員、次官室からいなくなると、よろよろと立ち上がり、
「次官、あなたは、なんということを……」
「えっ、どうしたの? ガツンとは言わなかったけど、変なことも言ってないでしょ」
総務部長は、「はぁ~~~」と長いため息をつき、
「しかし、あのような言い方をなさると、彼らはきっと、唯一神教を攻撃してもよいという神祇庁次官のお墨付きを得たと誤解しますよ。おそらく、彼らは実際に、そう思っている!」
「どう思おうと勝手だけど、神祇庁に特定の宗教団体の活動を制限する権限はないんでしょ。権限外のことで『お墨付き』なんて、あり得ないわ」
「だから、だからぁ~、違うんです~!」
総務部長の話によれば、神祇庁は、法的には、唯一神教の活動を制限する権限はもちろん、教団の活動に対して助言や指導を行う権限も有しない(したがって、唯一神教の取締りは神祇庁の権限外である)。ただし、「法」ではなく「事実上」の問題としては、神祇庁次官の発言には一定の重みや権威といったものがあり、事実上の社会規範としても機能するらしい。
「つまり、神祇庁次官が『唯一神教を禁止したい』などと口にすれば、一般市民から『唯一神教は、犯罪者集団と同じレベルだ、やっつけろ』という号令のような意味で受け取られてしまうのです!」
総務部長はヒステリックに叫んだ。彼の理屈によれば、それなりの地位にある人は、うかつにものを言えないことになる。でも、聞き手が話を真に受けて行動したからといって……例えば、帝都の宗教界の代表が唯一神教を攻撃したとしても、その場合、犯罪行為を行ったとことに変わりはないのだから、法に従って厳正に裁かれるだけのことではないのか。
他に問題があり得るとすれば、適当なことを言ったわたしの勤務評定あるいは責任問題くらいだけど、そもそも、このわたしを神祇庁次官にしたのは帝国宰相なのだから、帝国宰相が責任を取れば済む話ではないか。




