総務部長の涙
総務部長は小躍りして喜びつつ、しかし、目に涙をいっぱいにため、
「次官、今までどこに! その間、私がどれほど苦労したか、ああ!!」
「どこにと言われたって、わたしもいろいろと忙しい……」
わたしがそう言いかけたところ、総務部長はいきなり、グイと強い力でわたしの手首をつかみ、走り出した。
「えっ、なんなの!? ちょっと!!」
総務部長は、わたしの都合に構う気はないようだ。わたしを神祇庁次官室まで、文字どおり引きずるようにして連れていく。プチドラは振り落とされないようにと、わたしの胸にしがみついていた。
神祇庁次官室の机の上には、未決済書類が山のように(正確に表現すれば、50センチメートル程度)積まれていた。
総務部長は、わたしを席に着かせると、
「次官、今日という今日は、仕事を! お願いしますよ!!」
「分かったわよ。今日は働くから。決済のハンコ押せばいいんでしょ」
「それくらいは当然です。当然です。当然……、ですが、ですがぁ!」
総務部長はここまできて、高ぶる感情を抑えられなかったのか、「ああ」と声を上げて泣き出した。一体、なんなんだか……
総務部長が涙ながらに語るところによれば、(かなり前の話になるが)帝都の宗教界の代表に対し、唯一神教に関する「対応を検討する」ことを約束して以来、彼らは毎日のように神祇庁を訪れ、要求を繰り返すようになったとのこと。
「『要求』と言われたって、神祇庁で何かできるんだっけ? 唯一神教を禁止できるなら、すぐにでも禁止したいところだけど……」
ちなみに、これは本音。教団に暴動や武装蜂起を起こさせるためには、信仰の禁圧は有効な手段だから。ただ、かなり前に総務部長から聞いた話のかすかな記憶によれば、神祇庁には宗教的活動の取締りや指導等の権限がなかったはず。
「そうです、神祇庁にそんな権限はありません。だから、困ってるんです!」
総務部長によれば、神祇庁次官の不在が長く続いたので(わたしが神祇庁に出向いたのは、最初の一回だけだったっけ?)、帝都の宗教界の代表にもフラストレーションが高まり、このところはかなり威圧的な態度を取るようになって、場合によっては暴力を振るわれることも増えてきたとか。それは、なんとも気の毒なことだ。
「でも、権限がないなら、どうにもならないわ。帝都の宗教界の代表が来ても、そう言って追い返すしか……」
「いえ、ですが! ですが、それでは彼らは納得しないんですよ!!」
納得しないといっても、神祇庁に権限がなければ何もできないではないか。ただ、これでは、永遠に結論の見えない堂々巡りの議論になってしまう。
その時……、不意に、神祇庁の職員が「ひぃー」と声を上げ、次官室にノックもせず駆け込んできた。総務部長といい、この職員といい、この職場は、本当にわけが分からない。




