想定を超える費用の請求
いつものことだけど(御都合主義はさておき)、帝国宰相からやって来てくれるとは、好都合。宮殿の長い廊下の奥からは、帝国宰相とマーチャント商会会長が、何やら言い合いながら(正確には、「言い争いをしながら」かもしれない)、こちらに近づいてくる。
わたしは、こういう場合の約束事として、一応、形式儀礼的(慇懃無礼)に
「これはこれは、帝国宰相、御機嫌麗しく……」
ところが、帝国宰相は何も言わず、間が悪そうに顔の筋肉をぴくぴくと動かすだけ。
「では、帝国宰相、くれぐれもお願いしますよ。こちらも遊びでやってるわけじゃないので」
と、先に口を開いたのは、マーチャント商会会長だった。会長はそう言うと、わたしの顔を一瞥し、早足に去っていった。
帝国宰相は苦虫を噛み潰したような顔で、マーチャント商会会長の後ろ姿を見送りつつ、
「くそっ、あの男は!」
と、廊下にある太い柱を蹴飛ばした。今日は虫の居所が悪そうな雰囲気。わたし的には、宰相のそのイライラの矛先を唯一神教に向けることができれば、もしかしたら(我が事成れり)という感もあるが、それは、多分、期待のし過ぎだろう。
ともかくも、わたしはニッコリと愛想笑いを浮かべ、
「帝国宰相、御機嫌は麗しくなさそうですが、一体、何が?」
「ああ、我が娘よ、見てのとおりじゃよ。本当に抜け目のないヤツじゃな、あのスローターハウスという男は。輸送料だの、滞在費だの、補償費だの、一体、いくら請求すれば気が済むのじゃ」
宰相の話しぶりからは、マーチャント商会の請求する「大盤振る舞い」の費用が想定を超える馬鹿高いものだったことが想像できる。ただ、帝国宰相は、ここまで言ったところで、少し気分が落ち着いたのか、
「ところで、我が娘よ、今日は何用じゃ? 唯一神教の違法行為の証拠が見つかったのか?」
「はい、確たる証拠とまでは言えませんが、強制捜査の根拠くらいにはなりそうな内部文書を手に入れました」
「ふうん……」
帝国宰相は、なんだか気のない返事。今の宰相は、マーチャント商会の請求書のことで頭がいっぱいなのだろう。
でも、せっかく宮殿まで出向いたのだから……、わたしは懐から、この前にコーブ事務局次長から渡された怪しげな書類を取り出し、宰相に示した。
すると、帝国宰相は、その書類を手に取って、しげしげと見つめ、
「なんじゃ、これは? 教団の内部文書かな。よく手に入れたものじゃ。さすが……」
そして、十秒、二十秒、三十秒……と、帝国宰相はじっと文書に目をこらす。
ところが……
「我が娘よ、これは、要するに、なんなのじゃ? サッパリ意味が分からないぞ」
と、宰相は首をかしげた。




