コーブ事務局次長は口調も穏やか
コーブ事務局次長の部屋からは、それから数分間、キャンベル事務局長とコーブ事務局次長の言い争う声が聞こえた。次いで、キャンベル事務局長のひと際大きな(言葉にできない)わめき声と、バシーン、ドーンという物と物が激しくぶつかり合うような音が響き渡り、そのすぐ後に、部屋の入り口のドアがバタンと大きな音をたてて開いた。
出てきたのは、言うまでもなくキャンベル事務局長で、
「くそったれぇ! 覚えてろよ、あんなブタ野郎ども、ブタ、ブタ、うおぉー!!」
と、鬼のような形相となって、ドッタンバッタンと大きな音を伴い、廊下を駆けていった。ドアのすぐ脇にいたわたしたちは、事務局長の目に入らなかったようだ。
アメリアは、キャンベル事務局長の後ろ姿に目をやりながら、
「あの~、カトリーナさん、どうしましょう」
「どうするって……、情報収集の成果を報告するんでしょう」
「そうですよね、え~っと、そうだと思うんですけどね……」
アメリアは、先ほどとは一転して、煮え切らない態度。キャンベル事務局長のがなり声にペースを乱されたのだろう。でも、ここまで来て何もしないで帰るのも馬鹿馬鹿しいし、今のコーブ事務局長がどんな顔をしているのかという興味もあり……
わたしはコーブ事務局次長の部屋をコンコンコンとノックし、
「朝早くから失礼します。情報収集、いえ、二重スパイの成果の報告に参りましたが……」
「あら、そう。本当に早いけど……、まあ、いいわ。入りなさい」
部屋の中から、事務局次長の声が聞こえた。
わたしとアメリアが「失礼します」と足を踏み入れてみると、部屋の中には、壊れた家具の破片や書類があちこちに散らばっていた。先刻はキャンベル事務局長との間で、かなり激しいやり取りがあったようだ。
コーブ事務局次長は、しかし、部屋の散らかり具合について全く意に介する様子がなく、
「で、何か分かったの? 二重スパイの成果は??」
と、ギロリと射るような視線でわたしをにらんだ。事務局長は、ほんの数分前までは、キャンベル事務局長との間で修羅場を演じていたはずだ。でも、今はすっかり落ち着いて(少々くたびれたような感はあるが、枕営業の影響だろうか)、口調も穏やかになっている。
わたしは、おもむろにゴホンと咳払いを一つして、
「宮殿で情報を収集してきましたが、実は、大変なことが分かったのです」
「へーえ、大変なこと? 興味があるわね。一体、どんなことかしら?」
わたしは「ちょっと失礼」と、コーブ事務局次長の傍らに進み、その耳元でゴニョゴニョ、
「実は、帝国政府が唯一神教の弾圧を検討しているようなのです。つまり、信徒を逮捕し、教団を根絶やしにしようという恐ろしい企てを……」
と、完全な創作(つまりウソ八百)を、事務局次長の耳に、文字どおり吹き込んでみた。その「こころ」は、言うまでもないだろう、コーブ事務局次長の不安を掻き立て、あわよくば教団として先制攻撃に動いてくれたらというもの(非常に淡い期待)だが……




