コーブ事務局次長の手腕
教団の活動は、日に日に拡大していった。教団本部では、俗世間での地位を捨てて出家した信徒による共同生活が営まれるようになり、信徒の中に、教祖様ほどの力はなくても「奇跡」を示すことができる「エリート信徒」、教団幹部の護衛や布教活動への妨害排除を目的とする「聖戦士」、その他の(取り立てて言うほどの取り柄がない)一般信徒というクラス(階級)が設けられ、それぞれのユニフォームが制定された。
教団の活動領域は、スラム街のみならず一般市民の住宅地や商業地域にまで広まり、教団は、更に、高級住宅地や貴族の住む帝都の一等地への進出も目論むようになった。また、教団の支部の数も増え、人通りの多い公園や大通りなどででは、布教活動や説教・説法等々が頻繁に行われるようになった。
このような教団の急速な勢力の拡大は、レベッカ・コーブ事務局次長の才覚によるところが大きい。彼女はここに至って、唯一神の奇跡の力を示す相手を厳選し、お金持ちや貴族以外の(つまり、金になりそうにない)人たちの治療依頼を受けなくなった。しかし、同時に、貧しい人たち向けに炊き出しなどの社会福祉活動を積極的かつ強力に推進し、その効果を大々的に宣伝することにより、世間一般(主に下層階級)での評判を高めることにも成功していた。
さらに、コーブ事務局次長の言葉によれば、「政府内でも重きをなす、さる大貴族と昵懇の間柄になることで、様々な面において格別の取り計らいを受けている」とのこと。一種の枕営業だろうか。今までの話から合理的に推論すれば、事務局長が月に2回か3回、美しく着飾って出かけていくという、その先は、その「さる大貴族」のところだろう。問題は、その「さる大貴族」が誰かということだけど、このことについての詳しい話は、教祖様となったクレアにも、一切聞かされていないらしい(子どもに話す内容ではないということもあろう)。
ちなみに、もうひとりの教団創設時メンバー、エドウィン・キャンベルは、事務局長に就任してみたものの、ほとんど名ばかり・形ばかりで、政治的な仕事のみならず事務的な作業も何一つできず、昼間から浴びるように酒を飲んでは、コーブ事務局次長に小言を言われていた。
「以上が、わたしとコーブ事務局次長と教団のこれまでの歩みで……、キャンベル事務局長を忘れそうになりましたが、事務局長も、本当は、とてもいい人で……」
ようやく話が終わったのだろうか、教祖様は、「ふぅ」と短く息をはき出した。
「わたしが入信したのは最近ですが、そんなことがあったのですねえ。本当に、世の中というものは……」
アメリアは例によって、感動的に目をうるうると潤ませている(ここにきて、教祖様の話のトーンが若干変化してきたことに気付いていないようだ)。
教祖様は、目に涙を浮かべ、
「できるなら、帝都に来たばかりの頃に戻りたいです。とても貧しい暮らしでしたが、その頃には、人の心の温かみがありました。教団が大きくなると、コーブ事務局次長は、何事につけても『お金』を気にするようになって、特に、ここ最近は、更に輪をかけて……、ううう……」
とうとうたまらなくなったのか、教祖様はまたもや声を押し殺すようにして嗚咽を始めた。




