唯一神教の誕生
その後、クレアはレベッカとエドウィンに連れられ、(理由はクレアにはよく分からないが)町から町へ、村から村へと渡り歩くことになった。その間の路銀は、レベッカとエドウィンにより、収奪あるいは搾取された生産物の金銭的代替物の占有の移転という、実定法はともあれ、道徳的には正しい方法により調達されていた(と、レベッカは説明したらしい)。
三人の旅が始まってから、レベッカは、毎夜、寝る前に必ず、クレアに「物語」を語っていた。
「この世界は、今は邪な勢力に支配されてるわ。公式には、初代皇帝が天命を受けて帝国を建国し、その時点から歴史が始まったことになってるけどね。でも本当は、そうじゃないのよ。本当に正しいのは……」
これまで、昔話やおとぎ話の類を里親から聞かされたことがなかったクレアは、目を輝かせて、レベッカの話に聞き入るのだった。ただし、その話の内容は、「初代皇帝の時代以前にも世界が存在していたはずであり、世界が存在するためには誰かが世界を創造しなければならない、その『誰か』とは『唯一神』である。唯一神の直系がクレアであり、また、唯一神そのものもクレアである。その証拠は、(本来は唯一神の力である)傷や病気を癒す奇跡の力が、クレアにも備わっていることである」という、唯一神教の教義そのものだった。
クレアには難しい話はよく分からなかった。しかし、毎晩毎晩同じ話を聞かされるうちに、なんとなく、レベッカの語る話が絶対的な真実のような気がしてきた。同時に、クレアの心の中に、唯一神の奇跡の力を使って、多くの人たちを救いたいという意識も芽生えてきた。
「そうだったんですか、コーブ事務局長が! すばらしい、これは素晴らしいことです。カトリーナさんもそう思いますよね!!」
例によって、アメリアは感動的な声を上げながら、教祖様の話に聞き入っている。
でも、わたしには……というより、誰が見てもそう思うだろう、レベッカの行為は洗脳にほかならない。詰まるところ、唯一神教のような与太話を(レベッカが創作したのか、そういうマイナーな宗教がどこかの地方で現に存在するのか知らないけど)クレアの脳髄にすり込むことにより、自らの野望(レベッカが言ったというところの「貴族どもをやっつけて、天下を取る」ことか?)を実現するための道具にするつもりではないだろうか。
その後も三人は旅を続け、ついには、帝国の都、すなわち帝都に到達した。
帝都の巨大な城門を前にして、レベッカは、いつになく緊張した面持ちでクレアを抱き上げ、その耳元でささやく。
「ようやくたどり着いたわ。これが帝都よ。邪な陰謀が渦巻く、邪な勢力の巣窟よ」
レベッカの毎夜の「物語」(言い換えれば、洗脳行為)が功を奏したのか、クレアは、この頃には、自分が本当に唯一神の直径であり、かつ唯一神そのものであると信じ始めていた。
レベッカは、意図的にニッコリと笑みを浮かべ、
「これから忙しくなるわ。唯一神の教えを人々に広め、人々を正しい方向に導かなければならないわ」
これが、唯一神教の誕生の瞬間だった。




