コーブ事務局次長及びキャンベル事務局長との出会い
クレアは、男に触れている指先に力を込め、精神を集中した。「レベッカ」と呼ばれた女性は、いささか拍子抜けしたような、不思議そうな顔でクレアを見つめている。
そして、30秒程度の時間が経過。見る見るうちに、血が流れていた男の傷口はふさがり、血の気を失っていた男の頬には赤みが差した。
「う……、う~ん……」
男は上半身を起こし、何が起こったのか分からないような顔で周りをクルクルと見回した。男の名はキャンベルという。これが、クレア、つまり後の教祖様と、コーブ事務局次長及びキャンベル事務局長の最初の出会いだった。
教祖様は、ここで話の区切りということだろう、「ふぅ」と小さく息をはき出した。先刻から感動的に目を潤ませて話をきいていたアメリアは、ここにきて感極まったのか、
「教祖様、なんという! 昔は本当に、御苦労なさったのですねえ!!」
と、いきなり教祖様に抱きつき、スリスリと頬をすり寄せた。
「ええ、まあ…… その、苦労と言うか、なんというか……」
教祖様は、アメリアの過剰な感情表現に驚いたのか、困惑した表情を浮かべている。
なお、最初の出会いの際にキャンベル事務局長が重傷を負っていた理由については、当時のレベッカ・コーブ及びエドウィン・キャンベルの両人は、自らは生産活動に従事せず領民から寄生的に生産物を収奪することによってのみ生存することができる王侯貴族や、同じく自らは生産活動に従事せず労働者から寄生的に生産物を搾取することによってのみ生存することができる大商人の邸宅に忍び込み、収奪あるいは搾取された生産物の金銭的代替物の占有を自らの手に移すことにより、不当な富の偏在の是正に努めていたことから、官憲による迫害を受けていたためと考えられるのこと(ある時、このようにコーブ事務局次長から説明されたらしい)。
でも、これでは、世間一般に言う「泥棒」ではないか。泥棒なら、逮捕されても、正当防衛でぶん殴られても(場合によっては、過剰防衛でぶっ殺されるかもしれないが)文句は言えないと思う。
ともあれ(話を元の流れに戻そう)、クレアが治癒魔法でエドウィン・キャンベルの傷を瞬く間に癒したとき、彼と相棒のレベッカ・コーブは、驚きの目でもって、また、ある種の恐れを抱いて、もっと言えば、宇宙人にでも出くわしたような衝撃でもって、クレアを見つめた。魔法が禁止されることなく、魔法使いが魔法アカデミーでエリートコースを歩む可能性も保障されているこの世界でも、魔法を使える人は、一般の人々にとっては、「普通ではない、我々とは違う存在だ、ゆえに何をされるか分からない」という、良く言えば別格、悪く(有り体に)言えばバケモノとして認識されていた。
クレアは、里親からも常々「モンスター」とか「妖怪」とか罵られており、「もし、自分に治癒魔法の能力が備わっていなければ、こんなに極端に嫌われることはなかったかもしれない」と、自分の能力に嫌悪感すら抱いていた。ただ、今のクレアにとっては、どんなに憎まれ苛められようと、帰るところは里親のところ以外なかった。




