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第1話 開かないトビラ

 人はそれぞれ心に異世界を宿している。

 コカゲはいつもそう思っていた。

 きっとこのアイカギ屋によく訪れる、異世界のお客さんと同じようなもの。

 そこでは当たり前のように空が飛べたり、当たり前のように花が咲いていたり、当たり前のように夜が続いていたりする。

 そう考えると、この人間界にも人の数だけ異世界は存在しているのかもしれない。

 もちろん、本当の異世界ほど魅力的なものはないのだけれど。

 けれど、人の心に宿る異世界、もそれと同じぐらい興味深くて謎に満ちている。

(今日はどんなお客さんがくるのかな?)

 そして、どんな異世界をコカゲにみせてくれるのだろう。


 店の壁際にずらりと並ぶ背の高い棚には、たくさんのビンが並べられている。その中に入っているのは、さまざまなデザインのカギだったり、綺麗な色の羽だったり本のページだったり、カラフルな星々だ。

 それらはみな、コカゲが異世界で集めてきた思い出たち。

「よしっと・・」

 コカゲはつい最近、手に入れることのできたあの子の心のアイカギをビンにいれると、それを棚の空いているスペースに並べた。

 ビンが綺麗に並べられている光景を見ると、コカゲは満足して微笑んだ。

「大分集まってきたなー」

 集めたからと言って何があるわけではないが、きっとこれはコカゲの趣味だ。

 また同じ異世界に行ける可能性は低いので、その思い出をこうして並べておくようにしている。そうすれば、忘れられないでいられるし、ずっと繋がっていられる気がする。

(まぁ気休めだけど)

 コカゲはいつもそうしているように、お気に入りのマグカップに紅茶をいれると店のカウンターの前に腰かける。

 お客さんの少ないアイカギ屋なので、こうしてのんびり時間をすごすことも多いのだ。

(そういえば、コヨミからもらったラスクがあったけ・・・)

 コカゲは、店の奥の棚にのったままになっている紙袋を思い出した。

 確か、この近くに最近できたパン屋さんのラスクだとか言っていた。

(せっかくだし、お茶と一緒に・・)

 そう思って、立ち上がろうとした時、店の呼び鈴がカラコロと音をたてる。

「いらっしゃいませー」

 ラスクはまた後で食べよう、コカゲはそう思いつつ、店に入ってきたお客さんにそう言葉を投げる。

 短めの黒髪にスーツを着た彼は、仕事熱心なサラリーマンといったイメージだ。

「ここだな?どんなアイカギでも作ってくれると噂の店は」

 彼は神妙な顔つきでコカゲをみる。

「うん、そうだよ」

 異世界からのお客さんもチラホラくるアイカギ屋だが、どうやら彼は普通の人間のお客さんのようだ。

 少し安心したような少し残念なような気持になる。

「家や車のアイカギはもちろん、気になっている人の心のトビラのアイカギなんてものも作れるよ」

 コカゲは笑顔でそう言葉をならべてみる。

「胡散臭いな。そもそも、心のトビラなんてものあるわけないだろ。まぁ、仮にあったとしてそんなもの開かなくても、亜妃あきがオレのこと愛してくれていることは分かり切っているけどな」

 彼は得意げな笑みを浮かべた。

「あっ・・そう・・で、君はどこのアイカギ作りにきたの?」

「君じゃなくて、オレはいつきっつーんだよ。分かったかい?“アイカギ屋さん”」

「はいはい」

(何か面倒くさいなこの人)

 すると、樹は黒のカバンから一枚の紙を取り出し、カウンターの上に置く。

「?・・・」

 長方形をしたその紙には、夕焼け空をイメージしたような綺麗なグラデーションの色が印刷されている。その端には、切り取り線。

 どうやら、どこかのチケットのようだ。

「黄昏色美術館・・・この入口の扉を開けてくれ」

「いいけど・・・普通に行って入れないの?」

「入れないから、しぶしぶこの胡散臭い店にきてやってるんだよ。

 この美術館は、何故だかいつ行ってもしまっている。確かに中に、人がいる気配はあるんだ・・・おかしいだろ?」

 コカゲは「胡散臭いは余計だから」と呟きつつ、チケットを拾い上げた。

 チケットの端には、毎週火曜日と木曜日が定休日、開館は10時、閉館は8時と表記してあった。

「ふーん・・・確かに、おかしいね。ま、樹の勘違いって可能性もあるケド」

「そんなはずはない!!」

 樹はそう言って、掌をカウンターの上に勢いよく置いた。

 コカゲはビクリとして、思わず、樹の方を見る。

 ・・・彼の表情は真剣そのものだった。

 何か、この美術館に行くのに特別な理由があるに違いない。

「どうして、そんなにこの美術館に行きたいの?どちらからと言えば、君、美術館行くタイプには見えないけど」

 樹は少し表情に影をおとすと

「話すと長くなるけどいいか?」

「じゃー店の奥いこうか。お茶だすし」

 コカゲはそう言いつつ、カウンターの奥にある扉を開け樹を中に案内した。

 広くはない部屋の真ん中には、丸テーブル。その周りに2脚のイス。他にもソファや食器やお菓子を置く簡単な棚などがある部屋だ。

 よくここでコヨミとおしゃべりしたり、一人でくつろいだりしている。

 コカゲは、樹のぶんの紅茶も用意すると、彼が座って待っているテーブルにコトリと置いた。

「悪いな」

「大丈夫。・・・で、どうしたの?」

「亜妃のことなんだが・・・」

 ・・・ここからが、長かった。

 亜妃という人物との出会いから、樹と付き合うまで、の過程を詳細に話された。どうやら、亜妃は樹にとって、どれだけ大切な人かを話したかったらしい。

 コカゲは、すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干すと

「えーっと、つまり・・・その亜妃が黄昏色美術館に行ったきり帰ってこないってこと?」

「あぁ、そうだ」

 樹の声には、まだまだ話したりないという風に、力がこもっている。

「・・・もう、一週間になるんだ。さすがにおかしいだろう?ケータイも繋がらないし、亜妃の家にも連絡してみたが、家にも帰っていないらしい。しかも、美術館にはずっとカギがかかっている!だから、あそこに絶対何かあるはずなんだ!」

「・・・」

 コカゲは思わずクスリと笑う。

「それは気になるね」

「だろう!」

「あ・・・仮に、美術館にいなくて、亜妃が浮気してたって展開になっても、わたしのせいにしないでね」

「何言ってるんだ、そんなことあるはずない」

「ふぅん」

 コカゲは、棚の上に置いてある置時計に目をやる。

 今の時刻は夜の7時半ぐらいだ。

「じゃー美術館に行くのは明日でいい?もうすぐ、閉館時刻だし」

「いいや、今から行く。あの美術館、このすぐ近くなんだ。どちらにしろ、いつ行ってもカギはかかっているから、行く時間なんて関係ない」

「わかった。じゃーいこうか」

 コカゲは立ち上がる。

 樹の真剣そのものの表情を見ると、断ることもできないし、一刻も早く行くべきなのだと思った。

 それにコカゲ自身も、この謎、を早く知りたかった。

 美術館の謎、樹と亜妃の謎、を。



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