第二章一節 夜明けの戦い
「これはなんだ?」
隣町へと通じる山道を通る途中で隣町の様子を見た霧人は呟いた。
隣町では大規模な火事が起こっていた。
まるでローマの大火のようであった。
火事の恐ろしさが身に沁みるように理解できた瞬間であった。
何故にここまでになったかはいうまでもなかった。
人が逃げていたが争う姿が見えた。
ここまで逃げ延びてきた彼らには人々を襲っている連中がどのようなものか分かった。
吸血鬼だ。
第二章
霧人たちの車は順調に進んでいるかに思われた。
そのまま、吸血鬼の広がる範囲外へと出て、保護をしてもらおうと全員一致で考えていた。
しかし、現実はそこまではあまくはなかった。
「何なのよ!この渋滞は!」
「検疫…か」
せっかく、自分たちを何日も縛り付けていた町から出てこれたというのに出鼻をくじかれた。
霧人はこれ以上、車中にいるのもよくないと考え、
「義姉さん、車を脇に寄せて車を捨てて逃げたほうがいい。」
「確かに、渋滞のせいで動けなくなるなんてこともあるからな」
周りにはそんなことをしている人は少ない。
しかし、それでも待機で死ぬようなことがある事例を霧人は知っていた。
例えば、津波とかな
「おい、さっさと出ろ。急がないと吸血鬼も来るぞ。」
霧人はバックを背負って車の外に出た。
歩道に行くと辺りを見回す。
人が走って逃げている。
霧人たちも歩き始めた。
あまり、歩かないうちに検疫所は見えてきた。
こういう光景は映画で見たことがあった。
人々の喧騒だ。
警官に歩いて近づこうとすると呼び止められた。
どうやら、霧人の体中が血で塗れているのが目に入ったらしい。
「君、噛まれていないよね?」
「噛まれてませんが?」
「すまないけどコッチでチェックさせてくれるかな?あと、その武器もあっちで放棄して進んでください」
見ると大量の角材、バットの山が脇のほうで出来上がっていた。
ナイフなども例外ではないようだ...当然ながら。
柳葉刀を慎太郎に手渡す。
実に名残惜しいが仕方ない。
向こうで会おうと言い残して霧人は連行されていった。
感染は噛まれたときにこちらに流れ込んでくる血を流れやすく、固まりにくくする物質によって感染する。
サーモで体温が異常に高い人とかを連行して隔離および、別検査を行っている。
噛まれた傷がなければ感染するはずがないのだ。
検査はスラスラと終わった他に呼び止められた人も少なかったこともあったのだろう。
外に出ると同時に悲鳴が湧いた。
思わず呟いてしまう。
「最悪だ」
吸血鬼が出てきたのだろう。
後ろのほうで倒れている人が見えた。
しかし、吸血鬼はこっちには来ようとしていない。
霧人は先に進むことにした。
検問を終えた先では義姉たちが待ち構えていた。
舞だけがまだ検問中であった。
「急いで!感染者が出たわ!」
相沢が叫ぶ。
もう知っとるとっ頭の中で叫ぶ。
彼らも何も武器を持っていない。
霧人が左右を見ると右横から吸血鬼が走ってきていた。
「くっ!」
右から来た吸血鬼の両腕から逃れるように片膝ついて避けると立ち上りながら顎にアッパーする。
そして、首を掴んで足を払い体勢を崩す。
吸血鬼はそのまま地面にキスをする。
頭を地面で打ち付けたおかげで吸血鬼は動けなくなっていた。
脳挫傷でも起こしたのかな?
霧人は走り出す。
舞が検問を終えたようだが様子がおかしい口論をしているようだ。
そのまま、別のところへと連れ去られようとしていた。
しかし、霧人は見た。
舞が連れて行かれた先で別な人が感染したのを見た。
突如な事態に連行していた警官は驚き、拳銃に手を伸ばし、ホルスターから抜いて、構えた。
そして、躊躇なく引き金引いて、銃弾は発射された。
発砲音が響いた。
しかし、その銃弾は外れた。
それを見て、霧人は走る先を変える。
確か、警官の銃は一発に実弾が入ってて残りは空砲であると聞いたことがある。
しかも銃の先は曲がっていて正確な射撃は不可能だと聞いたことがあった。
もう彼女に助けはない。
なら俺が行くしかないだろ!
「舞ぃぃぃいいいいいい!!!」
手を伸ばし、全力で走る。
警官は伸縮式警棒を振って、引き伸ばし、吸血鬼に向かって殴りかかる。
吸血鬼は避けた。
まだ、日も明けきっていないので暗くて見えずらかったので気がつかなかったがあの吸血鬼は強い赤目だ。
武器もない。
これはきついが戦うことはできる。
ベースは人間だ。
なんとかすれば殺せると思った。
警官が倒れた。
もともと、戦いなんてものは苦手な部類だったのかもしれない。
とどめに首元から血を吸ってやろうとしたのか横で腰を抜かしている舞には目もくれずに頭を警官に近づけた。
しかし、霧人の蹴りが頭を打つ。
そして、身体を警官から引き離され、地面に投げられる。
その隙に警棒を拾う。
警官は口から血を吐いて倒れていた。
霧人は吸血鬼を見る。
姿勢を僅かに落として、警棒の先をクルクル回す。
警棒の長さは60cmといった位だ。
―――警棒での戦いはあまりやったことはないな…
苦笑いしながら慣れないことはするもんじゃないという言葉を思い出した。
吸血鬼が腕を振るってチョップのような感じで襲いかかってくる。
ただのチョップならいいのだが相手の手には鋭い爪が装備されている。
それを警棒で叩き、直撃を避ける。
そのまま、顔面を打とうとしたが吸血鬼は突進してきた。
コンクリートの地面に背中をひどく打ち付けて、霧人はもがいた。
呼吸が苦しくなったので肺に異常が出たのかが心配になりながらも荒い呼吸のまま、吸血鬼を凝視する。
赤い目と目があうが吸血鬼はいつでも血を吸えるといわんばかりに倒れている警官のほうに歩いていき、噛みついた。
頸動脈に傷でもついたのか、おびただしい量の血を警官は吹き出して悲鳴を上げた。
その時、舞が吸血鬼に向かって走り出した。
警官に覆いかぶさっていた吸血鬼を蹴ったが片手で吸血鬼は防ぐ。
舞は蹴った勢いで倒れた。起き上がろうとするも吸血鬼は即座に舞を押さえつけた。
「きゃあ!」
舞は手で吸血鬼の頭を押さえつける。
霧人は起き上がると警棒を拾い、吸血鬼に襲い掛かる。
痛みは驚くほど引いていた。が、身体は震えていた。
それでも、
「させるかぁぁああああ!」
警棒で殴り、足で蹴る。
吸血鬼は怯んで舞から離れた。
そこに霧人は追撃を加えようとする。
吸血鬼は一歩退く
―――いける!!!
このまま、撃破できると思った瞬間、眼前に拳が迫ってきた。
見事に拳は頬に当たった。
辺りがスローモーションのように遅く感じる。
ゆっくり、自分の体が地面に向かって落ちていってるのが分かった。
霧人は倒れた。
ひどい頭をかち割るような頭痛がする。
慎太郎たちが来ないのがここで疑問に思った。
―――奴らは何してやがるんだぁ?
視線を向けようにも身体は動かなかった。
そうしている間にも舞の悲鳴が耳に入ってきた。
生き地獄のような感じがした。
頭に何か液体がかかるのを感じた。
それを境に悲鳴が薄くなっていくのが聞こえた。
血生臭い
ついに、悲鳴は途絶えた。
ドサッと何かが倒れる音が聞こえる。
目から涙が溢れてくる。
想像するとより強く目から涙が出てきた。
霧人は立ち上った。
気分は最悪の極みだ。
今日は悲鳴で目覚めて、眠れていない。
助けが来るという甘い考えの終了のお知らせまで受けてきた。
そして、仲間も失ったのだから。
舞の姿が見える。
目を見開いたまま倒れていた。
口を呆然と開けていて、信じがたい光景だった。
いいようのない怒りが霧人を支配していた。
その怒りの矛先は目の前の吸血鬼だ。
警棒をしっかりと握る。
グリップは汗で濡れている。
「ぶっ殺す」
真っ正面から警棒を斜めに振って襲い掛かった。
吸血鬼の爪が左肩を掴み、食い込んだ。
これでは逃げられない。
「丁度いい、絶対に離すなよ?」
食い込むのを構わずに左腕を使って、脇に相手の腕を挟んだ。
そこからは殴りまくった。
途中で警棒は落としてしまったが素手でも殴り続けた。
こいつらは今まで鈍器とかで殴ることで倒してきた。
ようは武器がなくても頭に何度も攻撃して脳挫傷のような状態を引き起こせばいいってことだ。
パンチ一発では脳を頭蓋骨とぶつけてつぶすことはできなくとも何発も潰れるまでやってやるまでよ!
頬、顎、鼻、目、効きそうなところを何度も殴った。
吸血鬼も爪で胸を引掻いたりしてきたが霧人は耐えて殴り続けた。
セカンドインパクト現象というものだったか頭の修復中に攻撃するのが一番やばいとインターネッツから聞いたことがある。
「はぁはぁ…はぁあああー」
吸血鬼が目の前に倒れていた。
そんなのはもう構わない。
霧人は舞に近づいた。
さっき見たままの状態だった。
腹を噛みつかれて血を流していた。
止血しようと触ると目を見開いたままだった目が急に正常になったように見えた。
そして舞はこちらを見た。
口を開いて、
「あ、ありがと、う」
舞はそう言うと目を閉じた。
声をかけてやることもできなかった。
何が助けてやるだ。結局のところ、俺は所詮、クラスでも目立たない根暗ヤローだってことだ。
霧人はただ涙を堪えることしかできなかった。
結局、涙腺のダムは決壊して泣き散らすのであった。
「霧人!無事か!?」
慎太郎がどこで拾ってきたのか鉄パイプを持って来た。
「おせぇよ…」
霧人は佇みながら呟いた。
拳を握りしめながら。
太陽は高々と空に浮かび上がっていた。