第一章七節 いざ、町の外へと逝かん
家じゅうに叫び声が響いた。
一応は見張りを立てておいたのだが、悲鳴の主は今晩のその見張りの役に着いていた正一のものだった。
霧人は飛び上がるようにして起き上がり、柳葉刀を持った。
隣で眠っていた田中と慎太郎も起き上がる。
「何があった!?」
「知るか、こっちも起きたてホヤホヤだ!」
「今の叫び声はまずいんじゃないか?」
とりあえうず、三人がリビングに降りようと階段を駆け下がろうとした時、廊下で沼田たちと合流する。
「何があったの?」
「わからん」
リビングに降りると正一が立っていた。
無言で妙な雰囲気を放っていたので無気味であった。
「どうしたんだ?」
霧人が正一に話しかけるが返事はない。
妙だと思って肩をつかんで顔をこっちに向けると
後悔した。
正一の眼は赤く輝き、頬にはキスの痕なんかではなくて歯形がついていた。
鼻からも血が噴き出ていたぶつけたのだろうか。
そして、霧人が状況に気が付いたとき、ソファの横から吸血鬼が起き上がって出現した。
舞と佐藤は感染した正一を見て、悲鳴を上げ、田中はギョッとした表情を浮かべる。
霧人は迷いなく正一の顎に向けて、二回、拳で殴りかかった。
正一はそのまま、倒れた。
相沢がレイピアを構えて、
「隠れていたの!?」
「そのようだ、二階に行け!」
声を抑えて、かつその場の人間に聞こえるようにして言った。
自宅の中では柳葉刀もレイピアもバットも振り回すには狭すぎる。
だったら逃げるまでだ。
霧人は階段まで上り詰めてきた吸血鬼を蹴り落とし、
「俺の部屋に入れ、箪笥を移動して、塞ぐんだ!」
柳葉刀を上段に構え、落ちてきた仲間の体を乗り越えてきた吸血鬼を叩き潰す。
霧人の脇からレイピアが飛び出て、霧人の構えなおしの間にやってきた吸血鬼の頭を貫く。
「よし!もういいぞ!」
扉が半分しまった状態の霧人の部屋から田中の叫び声が聞こえる。
相沢が先に入り、霧人が部屋に入った瞬間、扉は閉められる。
タンスで塞ぐとタンスがグラグラと揺れる。
霧人はもし、箪笥を動かせなかったらということを考え、
「耐震の天井との間につけるやつがなくてよかったぜ」
「それはそれでどうなの?」
佐藤が冷静にツッコム。
「正一の野郎、まさか感染しちまうなんて…」
田中が壁を殴りつけていう。
「俺らもそうならないといいがな」
霧人は扉の奥を見透かすようにして言う。
ドンっと
吸血鬼が扉を叩くとグラグラと箪笥が揺れたのを舞は見て、
「ここも長くは持ちそうになさそうね…」
「ちょっと、まずくないかしら…」
義姉、沙織はノートパソコンの液晶画面を見て、呟く。
無言で義姉は周りにも画面が見えるようにこちらに向けた。
画面には先日、沼田たちと仕掛けに行った自衛隊の方々が感染を広めないために敷いてある防衛線の場所が写っていた。
彼らは64式小銃で吸血鬼に応戦していた。
しかし、大量の吸血鬼は仲間の死体を乗り越えて、自衛隊の隊員の目の前まで来ると襲いかかった。
銃を乱発するが弾切れになる。
別な仲間がリロードの間に撃つがだんだんと手に余ってくるようになってくる。
ついに隊員は詰め寄られて、攻撃を防ぐために銃身を前に突き出した。
吸血鬼は銃身に噛みついた。
別の吸血鬼がその隊員の肩に噛みついた。
さらにほかの吸血鬼は鉄パイプを持って、襲いかかり、銃を破壊して殴りかかっていた。
「これって、感染が広がるのか?」
「そうなってしまうようね…」
最悪の状況になった。
いままで渇望していた救助の可能性は限りなくゼロへと移った。
これから、吸血鬼が広まってしまうとおそらく、この町への救助は生存者の数とかで少なくなると思われる。
わざわざ、助けられる人が少ないほうに救助を寄越すことなんかはないだろう。
これまで、放置されていたわけだし。
とにかもかくにも、今はここを抜け出す必要がある。
カーテンを引っ張り取り外す。
合計、4つのカーテンを固く結んで繋げ、結び目を作る。
これで降りるのはごめんだよって感じで佐藤さんが聞いてくる。
「まさか、これで下に降りるなんて言わないよね…?」
「そのまさかだけど?」
「絶対に嫌よ!私は御免よ!!」
「ん、けど屋上の時と同じで置いていくけど…いいの?」
そう言われるとぐぐぐと言って、悩むそぶりをする。
その間にも霧人は作業を進め、窓を開けてさぁ!降りようかという段階で佐藤は口を開いた。
「わかったわ、私もこれで降りるわよ」
「あんまり、ハリキリすぎて落ちないようにね」
義姉がにっこりと笑顔を貼り付けて言う。
「最悪だ、正一もやられるなんて!」
霧人がとにかく、吸血鬼から逃げるためにも走り出そうとすると義姉が首元を掴んで止めた。
「こっちよ」
そう言って、車庫のほうへと向かっていく。
ガレージのカギを開けて中に入る。
家の中に通じるドアにも鍵が掛かっているので吸血鬼は入ってこれないだろう。
義姉が車に乗り込む。
6人乗りの車である。
霧人は荷物入れの中に入れられる。
ここは少しだけ余裕があるが運転席と助手席以外はぎゅうぎゅう詰めだろう。
エンジンが温まるとガレージを開く。
自動で勝手にガレージは上にスライドして開いていく。
音に反応したのか見えていたのかは不明であるが隙間が開くと同時に三体の吸血鬼が侵入してきた。
フロントガラス目がけて吸血鬼が突っ込んでくる。
頭をフロントガラスに打ちつける。
ガラスには血がこびりつく。
それでも吸血鬼は動き続けた。
あれくらいの衝撃を頭に加えれば脳震盪くらいは起こすかと思われたがそうでもなかった。
「カメラを見て、吸血鬼は見えるかしら?」
「いや、吸血鬼の姿はないな」
慎太郎がPCを眺めながら言う。
「一旦、そこまで行きましょう」
姉は吸血鬼にぶつかったりしないようにしてハンドルを回して操作する。
そのたびに車内は左右に揺れる。
場違いなことに自分がトランクと助手席以外に座っていたならばラッキースケベがあったのではと思ってしまう。
生憎、その被害となるものはいないが。
男子は二人にまで減ってしまった。
「正一―――…あの時は別なことに気が行ってしまって考えられなかったが」
お前が仲間がいなくなっちまうのはやっぱ、悲しいな。
目から涙が零れそうになるが耐える。
前の座席からはすすり泣く声が聞こえてきた。
前にいるのは舞と相沢とあやめだ。
舞と相沢は正一とは屋上から行動してきたクラスメートだった。
そんな仲間がいなくなるのはつらい。
けれど、車が走って、遠くなるにつれてそんな感情が薄れていく気がした。
頭の中では何度も正一の吸血鬼になって振り向いた時の光景がフラッシュバックしてくる。
思考を切り替える時が来る。
横になってるのもだるいので頭をヒョコッと出して、前の座席を眺める。
女性しか目に映らないのでいい光景だと思ったが口に出さずに窓を眺めるとカメラの地点まで来たことが分かった。
車が銃を持った人を横切ると霧人は叫んで、車を止めさせて、義姉が何かと問う前に外に出た。
あたりには空薬莢が転がっていた。
遺体へと近寄って、合掌する。
別に合掌するのが目的なんかではない。
目的はただ一つ。
銃の予定であったが横にあった64式小銃は真っ二つにへし折られていた。
ほかにも落ちていたがそれも同じく折れていた。
吸血鬼の作為などという嫌な予感が頭を過る。
正一が感染していた時も多くの吸血鬼が部屋の中に隠れていた。
腰のホルスターから9mm拳銃を抜き取ろうとしたが拳銃はなかった。
遺体をどけると遺体の下に拳銃があった。
マガジンを抜いた。
マガジンの中身は空であった。
スライドを引いて装填された弾を取り出そうとしたが中のは弾は入ってなかった。
「チッ、糞が。」
それでも拳銃は脅しにも使えそうなので回収はしておいた。
64式の無事に残ったマガジンが三つあったのでこの弾をいい感じに9mm拳銃のほうで撃てないかとも思ったが下手なことをして自分の手が吹っ飛ぶなんて笑えないのでやめておいた。
それでもすべての弾を回収して行った。
下手に悪い奴に拾われるのも最悪の状況になりかねないので軍にでも会ったら渡すことにした。
不自然なほどに吸血鬼はいなかった。
そのまま、車は進むと遂に町の外へと出たのであった。