表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

第十章 魅惑の夜上海

一、ピンクの床屋?


1


「へーえ、すごいな、まるで香港だ。このネオン看板はすごいを通り越しているよ。異常だ」

「ハゲ、オメェは香港へ行ったことあんのかぁ?」

「わしだって、香港ぐらい、行ったこと、ねえ。行ったことはねえが、テレビや映画では見たことがある。アチョーッ!」

と奇声を発した施川が、邑中の植木鉢頭を思いっ切り張り倒した。

「いでぇーッ!」

「かぁかかか……、アチョーッ!」

「いでッ! いでててて、いでってばよぉ」

「ハゲを舐めるなよ。ポカッ! おまけじゃ」

「おお、いでぇッ! 峪口ぃ、助けてくんろぉ」

邑中は峪口の後ろに廻り込んだ。

「おまえが悪い」

派手なネオンに彩られた南京路は、純情可憐な田舎娘から化粧もケバイ夜の蝶へと変身する。

「寒いのに人も多いなあ」

「ふんとだぁ。まるで芋を洗ってるみてぇだぁ」

「ほんとだ。邑中が一個、邑中が二個、と。芋がいっぱいだ」

「南京路は観光客が多いンだ。地方のおのぼりさんに海外からの観光客。地元の人は少ないそうだ」

「浅草みてぇなもんか?」

「そうそう、イメージとしては浅草だな」

三人は“新世界広場”の前から人波を掻き分けるように東へ向かって進んだ。

「ところでさぁ……、さっきの通りに、クルクル回る日本の床屋さんのようなネオンがあったよな」

「ああ、あった、あった。あれに目をつけるとは、さすがは施川さんだ」

「中を覗いたら、ミニスカートの女性が何人もいた。彼女たちは理容師?」

「はっははは……、あのコスチュームにハサミは似合わないだろう」

「そうだよなぁ。……あれは、何屋さん?」

「くくくっ…、わかってるくせに……。通称“ピンクの床屋”さん。お察しの通り、違う頭を気持よくしてくれるところ、だそうだ」

「だそうだ、なんて、如何にも誰かに聞いた風な」

「だって入ったことないもの」

「けけけっ…、嘘こけ」

「あんだぁ、違う頭ってよぉ?」

「けけけっ…、わかっているくせに、このど助平が。芋の頭だよ」

「ああん、イモ? 俺ぁの芋は日本一だぁ。……なに、チンポコだと、やんだぁ、施川のど助平」

「なぁんが、施川のど助平じゃ。カマトト振りがって、熊、おまえさんがフィリピンバーへ通ってることは、村中の人が知ってるぞ」

「あへっ、あんで知ってンだぁ?」

「あっ、こいつ」

「しゃんめぇよぉ、新川に誘われて、遠島の店へ一回行っただけだぁ」

「遠島って、あの遠島か? ふーん、あいつが自分で経営しているのか?」

「うんだぁ。俺ぁのゆうことならなんでも聞く」

「あの悪がねぇ、……不思議だよなぁ」

「へへへっ…、保育園のとき、俺ぁ、あいつをぶん殴ったことあんだ」

「おお、あの伝説の熊の脱走騒動か」


2


「なになに、なんの話だ?」

「でぇへへへへっ…」

「くくくくっ…、この邑ちゃんはねぇ…、今じゃ大人しそうに見えっけどねぇ…、餓鬼んときはものすごいワルで、手が付けられなかったらしいンだ」

「でぇへへへへっ…、あんまし褒めるなよぉ峪口ぃ。くぅくくくっ…」

「誰も褒めてねぇよ。後にも先にも、たった三ヶ月で保育園を退園になったのは、熊、おまえだけだろう」

「そいつは珍しいな。わしも保育園中退なんて聞いたことねぇよ。恐らく全国でもおまえだけだ」

「なっ、だろう。それで遠島には、邑中の恐ろしさがトラウマになっているンだろうな」

「なるほど、それが大人になっても抜けないわけだ。面白いモンだねぇ。この男がねぇ…」

「いでッ!」

施川が邑中のデッカイ植木鉢頭をパチンと張った。

「なぁなぁ、峪口ぃ…」

と、施川が声を潜めて囁いた。

「な、なんだよ? えっ、どうやってやるのかって。俺もよく知らないけど、奥に個室があるらしいよ」

「個室か……、個室、ってゆうと、なんとなく淫靡な香りがするなぁ。あのさあ……、入ってみようか?」

「おっ、きたな。でも、あんたは人畜無害だろう」

「そうだけどさぁ…。なんとゆうか、まあそのぉ…、風俗の調査ということで」

「風俗調査か、じゃ調査費用は施川さん持ちかい?」

「それはちょっと困るけど、高いンだろう?」

「まあ、うちのスタッフの話だけど、高くは、ない、みたいよ。でもぉ…、知らない場所じゃ怖いな。特に日本人と見ると、ボラれるからな」

「ボラれても大したことはねぇだろ」

「否、そうでもないみたい。結構、駐在の長い連中がやられているもの、いろいろと聞いたことある。相当な額をボラれるみたいよ」

「そうか、怖いのかぁ…。誰かスタッフを呼んだら」

「もう九時半だよ」

「いいじゃねぇか。わしらは明日帰るンだぜ。それに今日は土曜日だろう」

「うーん、まあそうだけど。あまり綺麗じゃないらしいよ」

「そんなことねぇよ。結構かわい娘ちゃんがいたよ」

「目聡いやつだな。そうじゃなくて、不潔っぽいンだって、悪い病気をもらっても知らねぇぞ」

「大丈夫、じぇんじぇん問題ありましぇーん。ほら、日本から持ってきたンだ。出張の友“コンちゃん”」

「俺ぁも……、こんなこともあるべぇと思ってよぉ」

「持ってきたのか、あんたら。他のことはともかく、こんなことだけは準備がいいねぇ」

「エロ熊、かあちゃんに持っていけ、ってゆわれたのか? へっへへへっ…、まさかぁ、なっ?」

「うんだ」

「なにっ!?」



二、備えあれば憂いなし


1


「備えあれば憂いなし、ってゆうべ」

「ははははっ…、こんなときに使う言葉じゃないような気もするけどな。よしっ、陳君に電話してみるか」

「おっ、峪口くんもやっとその気になったようだね。この、ムッツリ助平が」

「うんだうんだ。峪口がこん中で一等助平だんべぇ。エロ河童」

「じゃかまし、まぁな、俺もまだ男の子だからな」

「おおっ、最初から素直に行きたいってゆえばいいのによぉ。なあ、エロ豚」

「うんだ。なあ、エロハゲ」

「俺、マジに初めてだ。スタッフから何度か誘われたことがあるけれど、いつも断っていたンだ」

「はいはい、言い訳はいいの。ほら、早く電話、電話」

峪口は部下の陳周明に電話を入れた。

「……、というわけだから、せっかくの休みに申し訳ないれど、頼むよ」

『はい。いいですよ、退屈していたところですから、直ぐに行きます。歩行街の味千ラーメンの前で待っていてください』

陳は峪口の忠実な部下で、中国人にしては珍しく口の堅い男である。

「直ぐに来てくれるそうだ」

「そうか、それはよかった。おい熊、涎を拭いとけ」

「あ、えっ、う、うん」

「お陰で俺の信用はガタ落ちだ。彼から言われたよ。峪口さんが、まさかそんな場所へ行くとは思いませんでした、ってね」

「へっへへへ……、それは峪口の本性を知らない人間だな。よかったじゃないか、これからはいつでも堂々と行けるぞ」

「バ~カ、あんたらが来たときだけだよ。ああ、俺の貞操が……」

「けぇけけけけっ…、貞操ときたか。“涙の操”、ピンカラ兄弟だな」

「うんだぁ。ほんとはいっとう助平なンだからよぉ。ほれ、俺ぁのやるべ」

「なんじゃこれは、馬用か」

「うーん、確かにデカイ。人間にはデカ過ぎる。わしのをやろう。マツモトキヨシで買った、早漏防止機能がついている」

「なんじゃそれは?」

「厚さが通常の三倍ある」


2


峪口たちは三十分ほど待って陳と合流した。

「いやー、陳さん、悪いねえ。こんな遅くに……」

既に時刻は十時を回っていた。

「いえ、ぜぇーんぜん問題ありません。用事のあるときはいつでも呼んでください」

「こいつが施川、陳さんに迷惑をかけた張本人。それでこっちが邑中」

「施川です。よろしくお願いしもぉーす。いや、申しわけありませんねぇ、峪口がどうしても行くってゆうモンですから、わたしは止せとゆったのですが……。はぁはははっ…」

「はいはい。それじゃあ、止めにしますか」

「駄目、嫌、それは拙い。せっかく陳さんが来てくれたンだから」

「ほら、陳さん。わかるだろう、こうゆう男なンだ」

「はははっ…、お二人のお話を聞いていると、まるで漫才ですね」

「うんだ」

「うんだ? 面白い言葉ですね。邑中さんは、出身はどちらですか?」

「邑中は熊に育てられたモンですから、最近ようやく言葉を覚えたばかりなンです」

「そうですか、どおりで……」

「嘘だ、嘘、嘘」

と、邑中が向きになって否定した。

「ははははつ…、まさか、ねぇ」

「それにしても陳さんの日本語、すごいですね。どっちが日本人かわからない」

「誰と比べてるんだぁ、エロハゲとかぁ?」

「エ、エロハゲ……? ありがとうございます」

「じぁましぃ! エロ豚がぁ」

「エロ、豚……」

「ほら、二人とも、陳さんが呆れてるだろう。陳さんはねえ、阪大の大学院を出ているンだよ」

「は、阪大ッ! に、に、日本語でぇ」

施川は慌てるとドモル癖が出る。

「当ッたりめぇだろう」

「ははははっ…、大したことないですよ」

「ひょえーッ! そんで、てぇしたことねぇければ、施川はどうなるんだべぇ…」

「ただのアホじゃ。なにゆわせるの」

「みなさんはお付き合いが長いンでしたよね」

「邑ちゃんとは五十年以上、施川とは四十年来の付き合い、腐れ縁だな。迷惑していますよ、特にこの施川さんには……。ところで陳さん、どこか知ってる?」

「私は、そっち方面はあまり詳しくないンですけど、来る途中、友達に電話で訊いておきました」

「それはよかった。高くてもいいから、清潔で安全な店がいいな。この二人はどうでもいいけどね」

「またまた、冗談は顔だけ、顔だけ」

「駄目だよぉ~、銭っ子ならあっから」

と、心配気に邑中が口を挟む。


3


「はいはい、わかっています。“古北”の方へ、少し遠いですけどいいですか?」

「いいよいいよ。タクシーでバーッと行こう。わしがタクシー代を持つから」

「タクシー代は俺ぁが払うってばぁ~。その代わり、施川、他は全部もってくんどぉ。……あんだぁ、千元しか持ってねぇ……。オメェはけぇれッ!」

「カードならあるモンね」

「カードですか、使えないと思います」

「あらぁ……」

「バ~カ、そんなとこでカード使う馬鹿はいめぇ」

「ここ、ここにいるよ」

と言って、施川は自分を指差した。

「陳さん、だいたい一人いくらぐらい?」

「訊いた話しでは、四百元ぐらいからあるそうです。でも、シャワーもないですよ」

「施川さんのご希望は、どのあたりまで?」

「そっ、そらあ、まあ、できればホニャラ、ホニャラあたりまで、やってもらえれば……」

「ホニャホニャまでだって、陳さん」

「そうですか、ホニャホニャですか。施川さん、いい度胸していますねえ」

「違うべぇ。ホニャラ、ホンニャラだんべぇ。なぁ、ハゲ」

「ハ、ハゲ。こら、熊ッ! どさくさに紛れやがって。でも熊が正解。ホニャホニャじゃなくて、ホニャラ、ホンニャラだ」

「あっそう。どうしてもホニャラ、ホンニャラがいいわけね?」

「おうよ、あったぼうよぉ。おーいら伝助、江戸っ子でぇーい」

「でんすけ?  いどっこ?」

「馬鹿って、こってす」

「はっははは……、いいの、いいの、陳さん相手にしなくて」

「峪口ぃ~、……わし、小便」

「俺ぁも、……ウンコ」

「まったくうるさい連中だなあ。そこのラーメン屋で借りてこい。奥の方にあるはずだから」

「峪口ぃ~、紙ある?」

「ったく、紙も持ってねぇのか。……ほれ」

「漏れちゃう、漏れちゃう。行くぞ熊。峪口ぃ、待ってろよ」

「うんだぁ、峪口ぃ待っててくんどぉ。ハゲ、待ってくんどぉ。一緒に行くべぇよぉ」

「置いて行けるか。放し飼いにできなねぇ獣を、二匹も置いて行けるわけねぇだろうが。ほれ、早く行ってこいよ」



三、カラオケでホニャラ、ホンニャラ……


1


店に駆け込む施川と邑中を確認してから、峪口は陳に切り出した。

「どこかカラオケでいいよ。飲んで少し歌わせてやれば、直ぐに寝ちゃうから」

「いいンですか? 楽しみにしているようですが」

「いいのいいの。本当はね、あまり行きたくないはずなンだ」

「えっ、どうゆうことですか?」

「二人の性格はよく知っているよ。要するに、自分から言い出した手前、ああはゆってるけど……。意外とそういうことには硬い連中なンだ。特に邑中は、そっちはからっきし駄目。施川もよくタイでどうしたの、韓国でどうしたのって言ってるけど、精々カラオケで小姐の手を握ったぐらいのモンだよ」

「そうなンですか。実は、僕もあまり好きじゃないンです。彼女と一緒に住んでいますから」

「そうか、それなら話も早いや。二人が戻って来たら振るから、うまく俺に話しを合わせてくれる?」

「ふふふっ…、わかりました。面白そうですね」

「おっ、来た来た」

「ふーう、さっぱりした。どうも最近、ビールを飲むと近くなっていけねぇ」

「邑ちゃんがまだだ」

「そういえば個室で、うんうん息んでいるのがいた」

「おっ、来た。おーい、早く来ぉーいッ!」

「あいよぉーッ!」

「あいよぉ、じゃねぇ、早く来い。ところでタクシーは捕まるかな」

「施川……」

「あ、うん。なあに?」

「陳さんに聞いたンだけど、ほら、あんたが以前泊まったホテル……」

「うん? わしが泊まったホテル、それが?」

「ああ、あのホテルのカラオケは、“その道”で有名らしいよ」

「その道?」

「あんだぁ、オカマバーかぁ?」

「おまえさんはそっち方面もオッケーか?」

「あ、う、うん。そ、そんなこと、ね、ねぇべぇ」

「エロ豚、なに照れているンだよ。これからは一緒の部屋に寝られねぇな」

「ハゲはれぇだ」

「峪口ならいけるか?」

「……うん」

「あっ、顔が赤くなったぞ。だそうだけど、峪口ぃ、どうする? わしは、邪魔はせんよ」

「よせよ。考えたくもねぇ…」

「でも、あのホテル結構いいホテルだったし、日本人の観光客も多かったよ」

「だろう。だから、なっ」

「なるほど、日本人スケベか。灯台下暗しだった」

「わかっているじゃないの。あんたみたいな男が多いンだよ」

「うんだ。ハゲは強いからな」

「なるほど、ってかぁ。なんでやねん」

「ふんでも、カラオケじゃ歌って飲むだけだんべ?」

「いやいや、そうじゃないそうだよ、邑中君」

峪口が意味深に笑う。

「そうです。小姐と意気投合すると、部屋まで来てくれて、ホニャラ、ホンニャラもオッケーだそうだ」

と、陳がフォローすると、

「ふんとかぁ!? ち、ちんさん」

「ほっ、ほんとう、チンさん?」

二人が同時に声を発した。

「ええ、聞いた話しですが、そうらしいですよ。大阪の連中がよく遊びに行くみたいですから。この前会社へ来たとき、自慢してました。触り放題だったとか、言っていました」

「さっ、触り放題。よっしゃーッ! そこへ行こう。なあ、邑中、いいだろう。なんなら部屋取ろう」

「むっふふふっ…」

「なにが、むっふふふつ…、じゃ」

「へへへへ……、わしらは旅行者、旅の恥は掻き捨てじゃ。峪口ぃ~、かわいそうになぁ~。くくくっ…」

「ほれ、ぐずぐずゆってねぇで、早く行くべぇ」

「おっ、エロ豚が燃えてきた」


2


施川はカラオケで小姐たちに囲まれると、ウイスキーのロックを立て続けに呷った。

そして小姐に促され気持よさそうに十八番を四、五曲がなり立て、席に戻ると急に静かになった。

施川はしっかりと小姐の膝枕だ。

邑中はと見ると、調子に乗って飲めないウイスキーを飲んだ所為か、アッという間にダウン、既に豪快な鼾をかいている。

賑やかな鼾の二重奏である。

「ほらな、陳さん。言ったとおりだろう」

「本当ですね。付き合いが長いと、なんでもわかるンですね」

と、突然施川が起き上がり、

「小姐ッ! 飲むぞッ!」

と叫ぶ、いつもの寝言だ。

「ああ、驚いた。起きているのかと思いました」

陳が胸をなぜながら呟いた。

「この男も一見能天気に振舞っているけど、相当疲れている。会社もなかなか大変みたいだし、日本のサラリーマンはみんな疲れ切っている」

峪口が本音を口にすることは珍しい。

「我々から見ると、日本は豊かで羨ましく見えますけど、大変なンですねえ」

「まあ、中国も同じだと思うけれど、日本の社会も変化が激しいからね。我々の年代の者にとっては、付いて行くだけで精一杯さ。景気が良くなったって言うけど、それは一部の大企業だけの話しだよ」

「そうですか……」

「さて、そろそろお開きにしようか。陳さんお勘定を頼むよ。カードは使えるよね?」

「訊いてみます」

「二千五百元か、思ったより安かった。陳さん、今日は悪かったね」

「いえ、ぜぇんぜん問題ありません。ところでどうします、この二人?」

「悪いけどタクシーまで頼むよ。施川ッ! 邑中ッ! 起きろッ!」

「駄目ですね。おんぶしていきましょうか」

「いや、いいよ。二人とも重いからね。小姐に水をもらおう。それと冷たいお絞りも」

峪口が施川の頭を抱えている間に、小姐がそっと膝を外した。

「ごめんね。重かったでしょう」

峪口が冷たいお絞りを顔に当てると、施川が目を覚ましたので水を飲ませた。

「ううーん、ああ、よく寝た。あれぇ? 峪口ぃ~、まだいたのぉ…、もう帰ればぁ…」

などと、勝手なことをほざいている。

「帰ればじゃねぇよ。おまえさんも帰るの」

「どこへ? だいじょうび、小姐、部屋へ行こう」

「ほらほら、みんな怖がっているじゃないか。帰るンだよ、しっかり歩けよ」

「これはこれは、すみませんねぇ…。どなた様か存じあげませんが、ご親切にありがとうごぜぇますだ」

「バ~カ。ほれ、水を飲め」

「酒、酒は、もう飲めましぇん」

「邑中さん、起きてください。邑中さ~ん」

「なかなか起きませんねえ」

「こらぁーッ! 熊ッ! 起きろーッ! 陳さん、頭から水をぶっ掛けてれ」

「はははは……、施川さん、そんな過激なこと……」

「いいのいいの、ちょっとその水を貸して」

「ひょえーッ! あっぷ、うっへぇーッ! ななな、なにすんだぁ」

「あっ、こらこら」

施川が邑中の顔にコップの水を垂らした。

「へぇへへへ……、どうだ、起きただろう。じゃあ、わしはもうひと眠り、と」

「ふんじゃあ、俺ぁ寝るべぇ」

「こらこら、二人とも起きろ。ほれ、もう終わりだ、帰るぞ」

「へーい、お休みなさい」

「こらッ! 施川ッ! 寝ている場合じゃねぇだろ。まだ、ホニャラ、ホンニャラをしてねぇぞ」

「おっ、そうじゃった。エロ豚ッ! ホニャラ、ホンニャラするぞぉーッ!」

「オメェとかぁ? 俺ぁ要んねぇ」

峪口は陳の手を借りて、マンションへ連れ戻り、ようやく二人をベッドに寝かしつけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ