第十章 魅惑の夜上海
一、ピンクの床屋?
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「へーえ、すごいな、まるで香港だ。このネオン看板はすごいを通り越しているよ。異常だ」
「ハゲ、オメェは香港へ行ったことあんのかぁ?」
「わしだって、香港ぐらい、行ったこと、ねえ。行ったことはねえが、テレビや映画では見たことがある。アチョーッ!」
と奇声を発した施川が、邑中の植木鉢頭を思いっ切り張り倒した。
「いでぇーッ!」
「かぁかかか……、アチョーッ!」
「いでッ! いでててて、いでってばよぉ」
「ハゲを舐めるなよ。ポカッ! おまけじゃ」
「おお、いでぇッ! 峪口ぃ、助けてくんろぉ」
邑中は峪口の後ろに廻り込んだ。
「おまえが悪い」
派手なネオンに彩られた南京路は、純情可憐な田舎娘から化粧もケバイ夜の蝶へと変身する。
「寒いのに人も多いなあ」
「ふんとだぁ。まるで芋を洗ってるみてぇだぁ」
「ほんとだ。邑中が一個、邑中が二個、と。芋がいっぱいだ」
「南京路は観光客が多いンだ。地方のおのぼりさんに海外からの観光客。地元の人は少ないそうだ」
「浅草みてぇなもんか?」
「そうそう、イメージとしては浅草だな」
三人は“新世界広場”の前から人波を掻き分けるように東へ向かって進んだ。
「ところでさぁ……、さっきの通りに、クルクル回る日本の床屋さんのようなネオンがあったよな」
「ああ、あった、あった。あれに目をつけるとは、さすがは施川さんだ」
「中を覗いたら、ミニスカートの女性が何人もいた。彼女たちは理容師?」
「はっははは……、あのコスチュームにハサミは似合わないだろう」
「そうだよなぁ。……あれは、何屋さん?」
「くくくっ…、わかってるくせに……。通称“ピンクの床屋”さん。お察しの通り、違う頭を気持よくしてくれるところ、だそうだ」
「だそうだ、なんて、如何にも誰かに聞いた風な」
「だって入ったことないもの」
「けけけっ…、嘘こけ」
「あんだぁ、違う頭ってよぉ?」
「けけけっ…、わかっているくせに、このど助平が。芋の頭だよ」
「ああん、イモ? 俺ぁ家の芋は日本一だぁ。……なに、チンポコだと、やんだぁ、施川のど助平」
「なぁんが、施川のど助平じゃ。カマトト振りがって、熊、おまえさんがフィリピンバーへ通ってることは、村中の人が知ってるぞ」
「あへっ、あんで知ってンだぁ?」
「あっ、こいつ」
「しゃんめぇよぉ、新川に誘われて、遠島の店へ一回行っただけだぁ」
「遠島って、あの遠島か? ふーん、あいつが自分で経営しているのか?」
「うんだぁ。俺ぁのゆうことならなんでも聞く」
「あの悪がねぇ、……不思議だよなぁ」
「へへへっ…、保育園のとき、俺ぁ、あいつをぶん殴ったことあんだ」
「おお、あの伝説の熊の脱走騒動か」
2
「なになに、なんの話だ?」
「でぇへへへへっ…」
「くくくくっ…、この邑ちゃんはねぇ…、今じゃ大人しそうに見えっけどねぇ…、餓鬼んときはものすごいワルで、手が付けられなかったらしいンだ」
「でぇへへへへっ…、あんまし褒めるなよぉ峪口ぃ。くぅくくくっ…」
「誰も褒めてねぇよ。後にも先にも、たった三ヶ月で保育園を退園になったのは、熊、おまえだけだろう」
「そいつは珍しいな。わしも保育園中退なんて聞いたことねぇよ。恐らく全国でもおまえだけだ」
「なっ、だろう。それで遠島には、邑中の恐ろしさがトラウマになっているンだろうな」
「なるほど、それが大人になっても抜けないわけだ。面白いモンだねぇ。この男がねぇ…」
「いでッ!」
施川が邑中のデッカイ植木鉢頭をパチンと張った。
「なぁなぁ、峪口ぃ…」
と、施川が声を潜めて囁いた。
「な、なんだよ? えっ、どうやってやるのかって。俺もよく知らないけど、奥に個室があるらしいよ」
「個室か……、個室、ってゆうと、なんとなく淫靡な香りがするなぁ。あのさあ……、入ってみようか?」
「おっ、きたな。でも、あんたは人畜無害だろう」
「そうだけどさぁ…。なんとゆうか、まあそのぉ…、風俗の調査ということで」
「風俗調査か、じゃ調査費用は施川さん持ちかい?」
「それはちょっと困るけど、高いンだろう?」
「まあ、うちのスタッフの話だけど、高くは、ない、みたいよ。でもぉ…、知らない場所じゃ怖いな。特に日本人と見ると、ボラれるからな」
「ボラれても大したことはねぇだろ」
「否、そうでもないみたい。結構、駐在の長い連中がやられているもの、いろいろと聞いたことある。相当な額をボラれるみたいよ」
「そうか、怖いのかぁ…。誰かスタッフを呼んだら」
「もう九時半だよ」
「いいじゃねぇか。わしらは明日帰るンだぜ。それに今日は土曜日だろう」
「うーん、まあそうだけど。あまり綺麗じゃないらしいよ」
「そんなことねぇよ。結構かわい娘ちゃんがいたよ」
「目聡いやつだな。そうじゃなくて、不潔っぽいンだって、悪い病気をもらっても知らねぇぞ」
「大丈夫、じぇんじぇん問題ありましぇーん。ほら、日本から持ってきたンだ。出張の友“コンちゃん”」
「俺ぁも……、こんなこともあるべぇと思ってよぉ」
「持ってきたのか、あんたら。他のことはともかく、こんなことだけは準備がいいねぇ」
「エロ熊、かあちゃんに持っていけ、ってゆわれたのか? へっへへへっ…、まさかぁ、なっ?」
「うんだ」
「なにっ!?」
二、備えあれば憂いなし
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「備えあれば憂いなし、ってゆうべ」
「ははははっ…、こんなときに使う言葉じゃないような気もするけどな。よしっ、陳君に電話してみるか」
「おっ、峪口くんもやっとその気になったようだね。この、ムッツリ助平が」
「うんだうんだ。峪口がこん中で一等助平だんべぇ。エロ河童」
「じゃかまし、まぁな、俺もまだ男の子だからな」
「おおっ、最初から素直に行きたいってゆえばいいのによぉ。なあ、エロ豚」
「うんだ。なあ、エロハゲ」
「俺、マジに初めてだ。スタッフから何度か誘われたことがあるけれど、いつも断っていたンだ」
「はいはい、言い訳はいいの。ほら、早く電話、電話」
峪口は部下の陳周明に電話を入れた。
「……、というわけだから、せっかくの休みに申し訳ないれど、頼むよ」
『はい。いいですよ、退屈していたところですから、直ぐに行きます。歩行街の味千ラーメンの前で待っていてください』
陳は峪口の忠実な部下で、中国人にしては珍しく口の堅い男である。
「直ぐに来てくれるそうだ」
「そうか、それはよかった。おい熊、涎を拭いとけ」
「あ、えっ、う、うん」
「お陰で俺の信用はガタ落ちだ。彼から言われたよ。峪口さんが、まさかそんな場所へ行くとは思いませんでした、ってね」
「へっへへへ……、それは峪口の本性を知らない人間だな。よかったじゃないか、これからはいつでも堂々と行けるぞ」
「バ~カ、あんたらが来たときだけだよ。ああ、俺の貞操が……」
「けぇけけけけっ…、貞操ときたか。“涙の操”、ピンカラ兄弟だな」
「うんだぁ。ほんとはいっとう助平なンだからよぉ。ほれ、俺ぁのやるべ」
「なんじゃこれは、馬用か」
「うーん、確かにデカイ。人間にはデカ過ぎる。わしのをやろう。マツモトキヨシで買った、早漏防止機能がついている」
「なんじゃそれは?」
「厚さが通常の三倍ある」
2
峪口たちは三十分ほど待って陳と合流した。
「いやー、陳さん、悪いねえ。こんな遅くに……」
既に時刻は十時を回っていた。
「いえ、ぜぇーんぜん問題ありません。用事のあるときはいつでも呼んでください」
「こいつが施川、陳さんに迷惑をかけた張本人。それでこっちが邑中」
「施川です。よろしくお願いしもぉーす。いや、申しわけありませんねぇ、峪口がどうしても行くってゆうモンですから、わたしは止せとゆったのですが……。はぁはははっ…」
「はいはい。それじゃあ、止めにしますか」
「駄目、嫌、それは拙い。せっかく陳さんが来てくれたンだから」
「ほら、陳さん。わかるだろう、こうゆう男なンだ」
「はははっ…、お二人のお話を聞いていると、まるで漫才ですね」
「うんだ」
「うんだ? 面白い言葉ですね。邑中さんは、出身はどちらですか?」
「邑中は熊に育てられたモンですから、最近ようやく言葉を覚えたばかりなンです」
「そうですか、どおりで……」
「嘘だ、嘘、嘘」
と、邑中が向きになって否定した。
「ははははつ…、まさか、ねぇ」
「それにしても陳さんの日本語、すごいですね。どっちが日本人かわからない」
「誰と比べてるんだぁ、エロハゲとかぁ?」
「エ、エロハゲ……? ありがとうございます」
「じぁましぃ! エロ豚がぁ」
「エロ、豚……」
「ほら、二人とも、陳さんが呆れてるだろう。陳さんはねえ、阪大の大学院を出ているンだよ」
「は、阪大ッ! に、に、日本語でぇ」
施川は慌てるとドモル癖が出る。
「当ッたりめぇだろう」
「ははははっ…、大したことないですよ」
「ひょえーッ! そんで、てぇしたことねぇければ、施川はどうなるんだべぇ…」
「ただのアホじゃ。なにゆわせるの」
「みなさんはお付き合いが長いンでしたよね」
「邑ちゃんとは五十年以上、施川とは四十年来の付き合い、腐れ縁だな。迷惑していますよ、特にこの施川さんには……。ところで陳さん、どこか知ってる?」
「私は、そっち方面はあまり詳しくないンですけど、来る途中、友達に電話で訊いておきました」
「それはよかった。高くてもいいから、清潔で安全な店がいいな。この二人はどうでもいいけどね」
「またまた、冗談は顔だけ、顔だけ」
「駄目だよぉ~、銭っ子ならあっから」
と、心配気に邑中が口を挟む。
3
「はいはい、わかっています。“古北”の方へ、少し遠いですけどいいですか?」
「いいよいいよ。タクシーでバーッと行こう。わしがタクシー代を持つから」
「タクシー代は俺ぁが払うってばぁ~。その代わり、施川、他は全部もってくんどぉ。……あんだぁ、千元しか持ってねぇ……。オメェは帰れッ!」
「カードならあるモンね」
「カードですか、使えないと思います」
「あらぁ……」
「バ~カ、そんなとこでカード使う馬鹿はいめぇ」
「ここ、ここにいるよ」
と言って、施川は自分を指差した。
「陳さん、だいたい一人いくらぐらい?」
「訊いた話しでは、四百元ぐらいからあるそうです。でも、シャワーもないですよ」
「施川さんのご希望は、どのあたりまで?」
「そっ、そらあ、まあ、できればホニャラ、ホニャラあたりまで、やってもらえれば……」
「ホニャホニャまでだって、陳さん」
「そうですか、ホニャホニャですか。施川さん、いい度胸していますねえ」
「違うべぇ。ホニャラ、ホンニャラだんべぇ。なぁ、ハゲ」
「ハ、ハゲ。こら、熊ッ! どさくさに紛れやがって。でも熊が正解。ホニャホニャじゃなくて、ホニャラ、ホンニャラだ」
「あっそう。どうしてもホニャラ、ホンニャラがいいわけね?」
「おうよ、あったぼうよぉ。おーいら伝助、江戸っ子でぇーい」
「でんすけ? いどっこ?」
「馬鹿って、こってす」
「はっははは……、いいの、いいの、陳さん相手にしなくて」
「峪口ぃ~、……わし、小便」
「俺ぁも、……ウンコ」
「まったくうるさい連中だなあ。そこのラーメン屋で借りてこい。奥の方にあるはずだから」
「峪口ぃ~、紙ある?」
「ったく、紙も持ってねぇのか。……ほれ」
「漏れちゃう、漏れちゃう。行くぞ熊。峪口ぃ、待ってろよ」
「うんだぁ、峪口ぃ待っててくんどぉ。ハゲ、待ってくんどぉ。一緒に行くべぇよぉ」
「置いて行けるか。放し飼いにできなねぇ獣を、二匹も置いて行けるわけねぇだろうが。ほれ、早く行ってこいよ」
三、カラオケでホニャラ、ホンニャラ……
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店に駆け込む施川と邑中を確認してから、峪口は陳に切り出した。
「どこかカラオケでいいよ。飲んで少し歌わせてやれば、直ぐに寝ちゃうから」
「いいンですか? 楽しみにしているようですが」
「いいのいいの。本当はね、あまり行きたくないはずなンだ」
「えっ、どうゆうことですか?」
「二人の性格はよく知っているよ。要するに、自分から言い出した手前、ああはゆってるけど……。意外とそういうことには硬い連中なンだ。特に邑中は、そっちはからっきし駄目。施川もよくタイでどうしたの、韓国でどうしたのって言ってるけど、精々カラオケで小姐の手を握ったぐらいのモンだよ」
「そうなンですか。実は、僕もあまり好きじゃないンです。彼女と一緒に住んでいますから」
「そうか、それなら話も早いや。二人が戻って来たら振るから、うまく俺に話しを合わせてくれる?」
「ふふふっ…、わかりました。面白そうですね」
「おっ、来た来た」
「ふーう、さっぱりした。どうも最近、ビールを飲むと近くなっていけねぇ」
「邑ちゃんがまだだ」
「そういえば個室で、うんうん息んでいるのがいた」
「おっ、来た。おーい、早く来ぉーいッ!」
「あいよぉーッ!」
「あいよぉ、じゃねぇ、早く来い。ところでタクシーは捕まるかな」
「施川……」
「あ、うん。なあに?」
「陳さんに聞いたンだけど、ほら、あんたが以前泊まったホテル……」
「うん? わしが泊まったホテル、それが?」
「ああ、あのホテルのカラオケは、“その道”で有名らしいよ」
「その道?」
「あんだぁ、オカマバーかぁ?」
「おまえさんはそっち方面もオッケーか?」
「あ、う、うん。そ、そんなこと、ね、ねぇべぇ」
「エロ豚、なに照れているンだよ。これからは一緒の部屋に寝られねぇな」
「ハゲは嫌れぇだ」
「峪口ならいけるか?」
「……うん」
「あっ、顔が赤くなったぞ。だそうだけど、峪口ぃ、どうする? わしは、邪魔はせんよ」
「よせよ。考えたくもねぇ…」
「でも、あのホテル結構いいホテルだったし、日本人の観光客も多かったよ」
「だろう。だから、なっ」
「なるほど、日本人スケベか。灯台下暗しだった」
「わかっているじゃないの。あんたみたいな男が多いンだよ」
「うんだ。ハゲは強いからな」
「なるほど、ってかぁ。なんでやねん」
「ふんでも、カラオケじゃ歌って飲むだけだんべ?」
「いやいや、そうじゃないそうだよ、邑中君」
峪口が意味深に笑う。
「そうです。小姐と意気投合すると、部屋まで来てくれて、ホニャラ、ホンニャラもオッケーだそうだ」
と、陳がフォローすると、
「ふんとかぁ!? ち、ちんさん」
「ほっ、ほんとう、チンさん?」
二人が同時に声を発した。
「ええ、聞いた話しですが、そうらしいですよ。大阪の連中がよく遊びに行くみたいですから。この前会社へ来たとき、自慢してました。触り放題だったとか、言っていました」
「さっ、触り放題。よっしゃーッ! そこへ行こう。なあ、邑中、いいだろう。なんなら部屋取ろう」
「むっふふふっ…」
「なにが、むっふふふつ…、じゃ」
「へへへへ……、わしらは旅行者、旅の恥は掻き捨てじゃ。峪口ぃ~、かわいそうになぁ~。くくくっ…」
「ほれ、ぐずぐずゆってねぇで、早く行くべぇ」
「おっ、エロ豚が燃えてきた」
2
施川はカラオケで小姐たちに囲まれると、ウイスキーのロックを立て続けに呷った。
そして小姐に促され気持よさそうに十八番を四、五曲がなり立て、席に戻ると急に静かになった。
施川はしっかりと小姐の膝枕だ。
邑中はと見ると、調子に乗って飲めないウイスキーを飲んだ所為か、アッという間にダウン、既に豪快な鼾をかいている。
賑やかな鼾の二重奏である。
「ほらな、陳さん。言ったとおりだろう」
「本当ですね。付き合いが長いと、なんでもわかるンですね」
と、突然施川が起き上がり、
「小姐ッ! 飲むぞッ!」
と叫ぶ、いつもの寝言だ。
「ああ、驚いた。起きているのかと思いました」
陳が胸をなぜながら呟いた。
「この男も一見能天気に振舞っているけど、相当疲れている。会社もなかなか大変みたいだし、日本のサラリーマンはみんな疲れ切っている」
峪口が本音を口にすることは珍しい。
「我々から見ると、日本は豊かで羨ましく見えますけど、大変なンですねえ」
「まあ、中国も同じだと思うけれど、日本の社会も変化が激しいからね。我々の年代の者にとっては、付いて行くだけで精一杯さ。景気が良くなったって言うけど、それは一部の大企業だけの話しだよ」
「そうですか……」
「さて、そろそろお開きにしようか。陳さんお勘定を頼むよ。カードは使えるよね?」
「訊いてみます」
「二千五百元か、思ったより安かった。陳さん、今日は悪かったね」
「いえ、ぜぇんぜん問題ありません。ところでどうします、この二人?」
「悪いけどタクシーまで頼むよ。施川ッ! 邑中ッ! 起きろッ!」
「駄目ですね。おんぶしていきましょうか」
「いや、いいよ。二人とも重いからね。小姐に水をもらおう。それと冷たいお絞りも」
峪口が施川の頭を抱えている間に、小姐がそっと膝を外した。
「ごめんね。重かったでしょう」
峪口が冷たいお絞りを顔に当てると、施川が目を覚ましたので水を飲ませた。
「ううーん、ああ、よく寝た。あれぇ? 峪口ぃ~、まだいたのぉ…、もう帰ればぁ…」
などと、勝手なことをほざいている。
「帰ればじゃねぇよ。おまえさんも帰るの」
「どこへ? だいじょうび、小姐、部屋へ行こう」
「ほらほら、みんな怖がっているじゃないか。帰るンだよ、しっかり歩けよ」
「これはこれは、すみませんねぇ…。どなた様か存じあげませんが、ご親切にありがとうごぜぇますだ」
「バ~カ。ほれ、水を飲め」
「酒、酒は、もう飲めましぇん」
「邑中さん、起きてください。邑中さ~ん」
「なかなか起きませんねえ」
「こらぁーッ! 熊ッ! 起きろーッ! 陳さん、頭から水をぶっ掛けてれ」
「はははは……、施川さん、そんな過激なこと……」
「いいのいいの、ちょっとその水を貸して」
「ひょえーッ! あっぷ、うっへぇーッ! ななな、なにすんだぁ」
「あっ、こらこら」
施川が邑中の顔にコップの水を垂らした。
「へぇへへへ……、どうだ、起きただろう。じゃあ、わしはもうひと眠り、と」
「ふんじゃあ、俺ぁ寝るべぇ」
「こらこら、二人とも起きろ。ほれ、もう終わりだ、帰るぞ」
「へーい、お休みなさい」
「こらッ! 施川ッ! 寝ている場合じゃねぇだろ。まだ、ホニャラ、ホンニャラをしてねぇぞ」
「おっ、そうじゃった。エロ豚ッ! ホニャラ、ホンニャラするぞぉーッ!」
「オメェとかぁ? 俺ぁ要んねぇ」
峪口は陳の手を借りて、マンションへ連れ戻り、ようやく二人をベッドに寝かしつけた。