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第一章 東風吹かば

或る年の二月、峪口真一たにぐちしんいちの四十年来の友、施川克己せがわかつみ邑中和利むらなかかずとしが週末を利用して上海へ遊びにやって来た。

峪口は仕事の関係で上海に駐在し、すでに数年が経過していた。

施川と峪口は高校時代からの親友で、家が近いこともあり、学生時代はもとより就職してからも毎日のように顔を合わせていた。

年齢は当然のことながら同じだが、二人の性格はまるで正反対、それがまた長い付き合いの続いてきた理由かもしれない。

性格も正反対なら体型も対照的で、峪口は痩せ型で長身、施川はずんぐりむっくり型だが、最近は年齢相応の腹の出っ張りが互いに気になっている。

峪口と邑中和利むらなかかずとしは保育園からの同窓ということになるが、本格的な付き合いは高校生になってからである。

邑中はそれこそヤンチャで、保育園を二ヶ月で退園させられた武勇伝の持ち主である。

峪口と施川は定年間際の会社員だが、邑中は三十二歳で地方公務員を辞め、大農家の経営を引き継いだ。

邑中の体型は、施川をひと回り大きくしたアンコ型である。

邑中の性格は又、峪口と施川の違い以上に異なる。

三人の性格が異なるが故に、四十年という永きに亘って付き合いが続いているのかも知れない。

今回の旅日誌では、施川と邑中が初めて訪れたときの珍道中を紹介する。


第一章 東風吹かば


一、友の襲来


1


二〇××年二月の下旬、三泊四日の予定で施川と邑中が上海にやって来た。

その日、峪口は二人を虹橋空港まで出迎えた。

およそ二ヶ月ぶりのご対面である。

施川は顔を合わせるなり、まるで溜まっていたものを吐き出すかのように、一気に喋り出した。

飛行機の中で相当酒を飲んだ様子で、施川の口はいつにも増して滑らかである。

「オメェよくしゃべんなぁ~。女みてぇだんべよぉ」

「おお、なんだ邑ちゃん。あんたも遠慮しないでしゃべれよ」

「オメェがしゃべくりまくってっから、俺ぁ(オラァ)口を挟めねぇべ。オメェは少し黙ってろ」

「いや、悪りぃ悪りぃ。家の方は大丈夫だったのか?」

「オラァち(俺の家)かぁ、この時期は野菜がねぇから、でぃじょうぶだぁ」

三人は久しぶりの顔合わせに、それぞれの近況や家族について饒舌に語り合った。

もし、運転手が三人の会話を理解できたら笑い転げたことであろう。

虹橋空港から峪口が住むマンションのある徐家匯までは、道路が混まなければタクシーで約二十分の道程である。

タクシーに乗って十分ほどすると、施川と邑中は急に黙り込んだ。峪口が後ろの座席を振り返ると、二人は口をアングリと開けて眠り込んでいる。

さすがに旅の疲れが襲ってきたのであろう。 

飛行機の時間から逆算すると、家を早朝の五時半には出ているはずである。

「着いたよ」

と言う峪口の声に反応して、施川がパッと目を覚まし、

「わし、寝てた? ここどこ?」

と、とぼけた質問をしてから、首を二度、三度と廻し大きな欠伸をした。

「ほれ、邑、起きろ」

「あっ、ふぅん……」

「あっ、ふぅん、じゃねぇよ。どうせスケベな夢でも見ていたンだろう。このまま日本へタクシーで送り返すぞ」

「タクシーじゃ日本へけえれめぇよ。ほれ峪口、銭っ子」

「ったく、屁理屈ばっかり言いやがって」

「はははは……、いいよいいよ、金はあるよ」

「いいべょ、ほれ銭っ子」

「峪口ぃ、もらっておけよ。なんならわしが……」

「アホッ、オメェも少しは気ぃ使え」

「あっははは……、わしはいいンじゃ。わしと峪口はそんな関係じゃねぇ。なあ、峪口ぃ」

「いったい、どんな関係じゃ?」

「ほ~れ、見ろ」

「まあまあ、いいからいいから。後で飯代を出してくれ」

「わかったか、邑ちゃん」

「ふんじゃ、俺ぁと施川で夕飯代を出すべぇ。な~あ、施川ちゃん……」

「……、いい天気じゃ」

「ま~た、すっとぼけてよぉ」

「ほれほれ、いいから早く降りろ。運ちゃんが困っているぞ。荷物、忘れるなよ」

タクシー料金は三十五元、峪口は四十元を運転手に渡した。


2


峪口は、マンションへの出入り方法について簡単に説明してから、二人を部屋に導いた。

「なかなか良い部屋じゃないか。これでも隠しているンだろう。奥さんに頼まれたからよ、どれどれ……」

などと勝手な事を言いながら、施川は遠慮もなしに各部屋を覘いて回った。

「おい施川ぁ~、あんまし、他人の家ン中をジロジロ見るモンじゃねぇどぉ」

「いいンじゃ、いいンじゃ。わしと峪口はそんな関係じゃねえ」

「だから、どんな関係じゃ?」

「こーんな関係じゃー!」

と言いつつ、施川は峪口に抱きつき、腰を前後に卑猥に振るった。

「こらっ! 止めろッ! こらッ!」

「へへへっ…、いいじゃねえか。ウリウリウリ……」

「あれぇ~、オメェら、そうゆう関係だったのかぁ~」

邑中が疑りの表情を作った。

「バカッ! 止めろって。邑中が誤解するじゃねぇか」

「もう誤解しちゃったモンねぇ」

「焼餅焼くなよ」

「バ~カ、俺ぁにそんな気はねぇ」

ひと通り部屋を見終えた施川は、ソファーにゴロリと横になり、

「酒はある?」

と訊いた。

「あるにはあるけど……、あんた、まだ飲むの?」

「ふんとに、俺ぁ恥ずかしくってよ。飛行機ン中で、なんけぇもなんけぇも<“ビールだ、ワインだ”って頼むんだもんよぉ」

「そうかそんなに派手に遣ったのか?」

「うんだ。俺ぁもう小ッ恥ずかしくって、けぇりの飛行機に乗れねぇよぉ」

「そうかそうか、こっちへ残るかぁ。いいこっちゃ。峪口ぃ、熊をよろしくな」

「もう止めておけよ」

「なにをおっしゃいますやら。せっかくの休みだ、酒ぐらい飲ませろよ。おっ、良い酒があるじゃん」

と、サイドボードのウイスキーを目ざとく見つけた。

「これッ! これは君が飲むような酒じゃない」

「わしにはもったいない、か。へへへっ…、氷ある?」

「はいはい、ございますよ。水は?」

「水ッ!? こんな良い酒にぃ、バカをゆっちゃいけません。それこそもったいねえ。そうそう、わしも土産持って来たからな」

「施川がなかなか出さねぇから、持ってけぇるつもりかって、俺ぁしんぺぇしてたんだぁ」

「俺はまた、テメェの飲み分を持って来たのかと思ったよ」

「へへへっ…。それもある。酒とタバコ、土産を奮発しといたからな。シーバスの十八年ものだぜ」

「俺ぁも半分出したんべぇよぉ」

「あれぇ~、そうだっけぇ~」

「はははは……、二人ともありがとう」

「この意地きたねぇのに、礼はいんねえ。どうせ、自分で飲んじゃうんだからよぉ」

「かも知れねぇな、はははっ…」

「ツマミ、なにかある?」

「買ってあるよ。ちょっと待ってナ」

「タバコの吸殻でよかんべぇ」

施川はロックで二杯、三杯と呷り、饒舌に喋っていたが、少し眠くなったと言って目を閉じた。

「まてまて、ベッドで寝ろよ。ちゃんと用意してあるから」

「いい、ここでいい。面倒くさい」

「峪口ぃ~、その辺へおっ転がしとけばいいよぉ」

峪口は鼻を鳴らし始めた施川に毛布をかけ、邑中に言った。

「俺は会社に顔を出してくるから、テレビでも視ていてくれよ。六時過ぎには戻れるから、後で飯を喰いに行こうよ。このうるせぇのも頼んだよ」

「うん、わかった。この喧しいのもでぇじょうぶだ」

施川が寝ぼけた声で、うんうんと頷いる。

鼾は廊下まで聞こえていた。


3


午後六時の終業を待ち兼ねた峪口は、従業員への挨拶もそこそこに会社を飛び出し、タクシーでマンションへと急いだ。

部屋に戻ると、案の定と言うべきか、施川がいない。

机の上には数本のビールの空き缶と氷の溶けた水割りグラスが置かれているだけだった。

「邑中、あいつは?」

ソファーで鼾を掻いている邑中の肩を揺すった。

「あっ、うっふん……。もう喰えねぇ…」

「おい、起きろよ」

「うむむむ、あっ、峪口ぃ…、けぇったのかぁ」

「ああ、ところであいつは?」

「うん……? ウンコでもしてンだべぇ」

「いや、いない。どこにもいない。靴がないから外へ行ったンだろう」

「あれぇ~、ぜ~んぜん気いつかねぇかった。あのバカ、どっかへ行ったンだ」

「そうか……、まあ、そう遠くへは行かないだろう」

峪口は、下手に探し回るよりはと考え、部屋で施川の帰りを待つことにした。

三十分ほどすると、電話の呼び出し音が鳴った。

受話器を取ると、ガードマンからだった。

「わし、わしじゃ。中へ入れてもらえないンだけど、なんとかしてちょうだい」

と心細げな声。

峪口がガードマンに電話を代わらせ、“俺の友人だ”と言うと、“オッケー、オッケー”と直ぐに納得してくれた。

部屋に戻った施川が、

「出たときとガードマンが交代していたンだよ」

「ここは管理がしっかりしているからな」

「それにオメェは人相が悪いかんな」

「なんということを、精錬潔白、人畜無害が売りのこのわしを捕まえて……」

「厚顔無恥の間違いだんべぇ」

「おっ、邑ちゃん、うまいことゆうねえ」

「へへへっ…、違いねえ」

「ところでどうする? 梨田総経理が一緒に食事しないかって言っているンだけど」

「梨田社長が……でも、わしらもいいの?」

「誰だぁ、梨田社長ってナ? 俺ぁ知ンねぇけんど。梨田総経理って人も知ンねぇ」

「同じじゃ、アホ。まあ、わしは面識あるけど、こっちの野生熊もいいのか?」

「野生熊ってナ、俺ぁのことかぁ…」

「あっ、悪りぃ悪りぃ。熊が気を悪くするわ」

「もちろんだ。二人のことは話してある。社長がぜひ二人も一緒にって、言ってるンだから」

「そうか、断わるのもなんだしなあ。おい熊、というわけだ」

「よし。うんじゃ、着替えて行くべぇ」

「このままじゃ、ダメェ~?」

「バ~カ、グズグズゆってねぇで、オメェも着替えろ。峪口に恥かかせんじゃねぇ」

「へいへい。わかりやした」

「急いでくれよ。七時の約束だからな」

三人はマンションの前の“華山路”に出てタクシーを捕まえた。

「ところで、どこで食事するの?」

花園飯店ガーデンホテルの“白玉蘭”さ。高級中華料理店だぜ」

「へーえ……」

「高級なラーメン屋かぁ。俺ぁ五目ソバが好きだな。あれもあっかな、あれ?」

「あれじゃわからんだろうが」

「あれだよぉ~、あれぇ~」

「だからなンだっていうの?」

「高級中華ソバ屋ならあんべぇ。ほれ、あれだよ、マ、マーボ豆腐丼」

「…………」

「峪口、放っておけよ」

「ははははっ…、あるよ。総経理は花園飯店に住んでいるンだよ」

「さすがに違うなあ、わしらとは」

「まあな。俺みたいにマンションへ住んでもらってもいいンだけど、世話が焼けるしね」

「ふふふふっ…。一時間ごとに電話がかかってきたりして」

「あのホテルは日本語でまったく心配ないから。それに社長はVIP待遇だからね」

「そうなの?」

「うん。あのホテルは、日本のオークラホテルが経営しているンだよ。総経理は日本でも昔からよく使っていたようだし……。それに、ほら、自分の結婚式もやっただろう」

「なるほどねえ。我々庶民とはお金の使い方が違うわけだ」

「まあ、そうゆうことだよ」



二、高級中華レストラン“白玉蘭”


1


タクシーはホテルの正門から入り、正面入口前に停車した。

直ぐにボーイが飛んできて、ドアを開けてくれる。

峪口も出張時には定宿にしており、今でも時々お客様の接待などに使用しているので、顔見知りの従業員も多い。

ロビーから電話で梨田に到着を告げ、エスカレーターで二階にあがり、踊り場に常設されているソファーで待った。

「そこがバイ、バイ……なんだっけ?」

白玉蘭バイユラン

「ハクギョクラン、か。わりと入口は小さいンだね。でもあの壷、タッかそう」

白玉蘭の入口には、高さが一メートルほどで赤い唐草模様の描かれた一対の壺が置かれている。

入口は小さいが、店内は驚くほど広い。

ソファーが暖まる前に、梨田がエレベーターから姿を現した。

背中にセーターを背負い両袖を前に垂らした、いつものお気に入りのスタイルである。

「やあ、施川さん。お久しぶり。お元気ですか?」

と、施川の緊張をほぐすかのように、梨田は優しく声をかけた。

「お久しぶりです。今日はすいません、私まで……」

それでも施川は緊張気味に応えた。

「こちらが先ほどお話した、私の友人の邑中です」

「は、初めまして、峪口くんのお友達で、む、邑中と申しますぅ」

「おっ、ほぼ標準語だ」

「う、うるへぇ」

「くくくっ…、峪口君とは保育園からの付き合いなンですって?」

「うんだぁ。ふんでも俺ぁ、直ぐにやめちまったから……」

「邑ちゃん、言葉は正確にね。退学じゃねぇや、退園になったンでしょう」

「施川ぁ…、オメェはほんとにうるせぇなぁ」

「総経理ありがとうございます。お招きをいただきまして……」

「あっ、いいのいいの。峪口くんの顔は見飽きているから、偶には違う人たちと食事をしたかったの。ふふふっ…、さあさあ、中に入りましょう。予約してありますから」

入口を入るとチャイナドレス姿の小姐(女性従業員)が出迎えてくれる。マネージャーと思しき黒い制服に身を包んだ女性も出迎えに出て来て、

「梨田様、いつも当店をご利用いただきまして、ありがとうございます」

と丁重な日本語で挨拶をした。

梨田もニコニコと照れたように応じる。

入口付近では二胡と中国琴を使った演奏が奏でられ、哀愁を帯びた少し悲しげな音色が流れている。

「いい雰囲気ですねぇ。それにホテルも素晴らしい」

施川が梨田に感動を素直に告げると、

「うん。ここの中華料理は美味しいよ。日本や香港の味に近いンだ。どうも街中の料理って、僕には合わなくてね。うふふふふっ…」

「そっ、そうでしょう。いつも一流のお店に行かれているのでしょうから……」

「そうでもないンだけれど、……どうも衛生状態が気になってね。峪口くんたちは平気なンだよね。ねえ、峪口くん?」

「ええ、どうせ私なんか、元々がそういう下賎の育ちですからねぇ」

峪口がいじけた素振りで答えると、

「うふふふっ…、まあまあ、いじけないの」

「いじけるもなにも梨田社長と我々では、いや、とてもとても。特にこの野生熊などは、なにを喰らっても中ったことがありません。なあ、邑ちゃん」

実に調子のいい男である。

「やせいくま?」

「へへへっ…、邑ちゃんの愛称です」

「俺ぁ……、俺ぁもときどきは中るど。こねぇだも、冷蔵庫ン中の残り物喰って豪い目にあったもんだぁ。母ちゃんがもったいねぇから、喰え喰えってゆうもんだからよぉ。後で、“いつのもんだぁ?”って訊いたらよぉ、“わかんねぇ”ってゆうモンだから……」

「話が長い」

施川が焦れたに邑中の話を遮った。そして、

「オマエさんとこは愛がないンじゃないの」

と付け加えた。

「ふんなこたぁねぇ。ここへ来る前の晩だって……」

「はーい、ストップストップ。危ない男じゃ」

「ふふふっ…、邑中さんて面白い人だね」


2


ひと口に中華料理と言っても、上海風、北京風、広東風、四川風、或は香港風や台湾風といろいろあって、一般的には日本で食べる味とはかなり異なっている。

峪口は、香辛料、特に“八角”と香草に原因があると考えているが、慣れるにしたがい日本の味では、却って物足りなくなってくるから不思議である。

八角はダイウイキョウの実、香辛料の一種で形が八角の星形をしていることから名付けられた。

「うふふふっ…、色っぽいでしょう」

「なっ、なんですか、急に」

「ほら、彼女たちのチャイナドレス……」

「ほらほら施川、卑猥な目で見るなよ」

「えっ、わしは人畜無害じゃ」

「ほれ邑ちゃん、涎、涎」

と、峪口が邑中を茶化すと、

「あ、うん……、出てねぇべよぉ」

口角を慌てて手で拭ってから応えた。

「総経理も涎、涎」

「うふふふふっ…」

小姐(女性従業員)の身に着けているチャイナドレスには深いスリットが入っていて、歩くたびに太ももがチラリ、チラリ、男性には真に目の毒である。

大きな丸テーブルではなく、奥まった四人掛けの四角いテーブル席に案内された。

四人では少し狭い。

白玉蘭の料理は大皿ではなく、フランス料理さながらに、一人前ずつ取り分けて別々の皿で供される。

使う箸とスプーンは錫製、テーブルクロスやナプキンも真っ白で糊の効いた清潔感溢れるものだった。

「ねっ、料理は雰囲気が大切なンだよ。確かに、街中にも美味しいお店はあると思うけど、なにか不潔っぽくてさあ」

峪口が昼食時に一度、無理に市中の食堂へ梨田を誘ったことがある。

そのときは“美味しい、美味しい”と食べていたが、以後、峪口がいくら誘っても梨田がその店に足を運ぶことはなかった。

「さぁて、今日はいいものを食べちゃおうかなあ」

梨田は食道楽、美味しいものには目がない。

日本中の評判の店を食べ歩き、時にはヨーロッパまでも出かけて行く。

人間が一生に食べられる食事の回数は限られている。だから、一度たりとも無駄にしたくない、と言うのが梨田の口癖である。

昼食を駅の立ち食い蕎麦で済ませ、夜は“ビールさえあればなんにもいらない”、とゆういい加減な食生活を送ってきた峪口も、梨田と付き合い始めて考え方が少し変わった。

但し、お小遣いの関係で、全面的に変えることはできない。

「はい。ご馳走様です」

峪口と施川が満面に笑みをたたえて応じると、

「いいよ。なんでも頼んでください」

「“鱶鰭フカヒレ”……なんかも、よろしいですか?」

わざと遠慮深げに問う峪口に、

「姿煮、いっちゃおうか」

梨田は菜単メニューから目をあげると、ニコリと微笑んでから、

「おっ、“燕の巣”もある。これはデザートにしよう。お姐さん、お姐さん」

と小姐を呼んだ。

「ねえ、鱶鰭の大きさはどのくらい?」

このくらいです、と小首を傾げ片手を広げて答える小姐に、

「じゃあ、四人分ね。ふふふふ……。あとねえ、そうマーボ豆腐、それから、これ美味しそうだなあ」

と、写真を指し示した。

「豚三枚肉の柔らか煮でございます」

この料理は、そのまま食してもうまいが、蒸饅頭と一緒に食べると、醤油ダレの濃さがちょうどよい具合に緩和され、より一層うまさが引き立つ。

「それをもらうわ。スープはなにがあるの? えっ、スッポンのコンソメ味。じゃあ、それも四つね」

そこまで注文して梨田は、

「なにか食べたいものがあれば頼んでいいですよ」

菜単に見入っている三人に声をかけた。



三、燕の巣


1


「なあ、ツバメのスって、なんだぁ?」

邑中が小声で囁く。

「燕の巣だよ」

施川が呟くように応える。

「その前に、総経理、ビールを頼みませんか」

「ビールか、どうしようかなあ。少し糖が出ているって、お医者さんに言われているンだよねえ。……ええいッ! 今日は飲んじゃえッ!」

「それじゃ、総経理は一杯だけにしていただいて、我々がその分も飲みますから、どうぞご安心ください」

「なにがご安心くださいだよ。普通は上司が飲まなかったら遠慮するものだよ。ねーえ、施川くん?」

「はっ、はい。ごもっともです」

「ふふふっ…、冗談、冗談。どんどんやってちょうだいよ」

「それではお言葉に甘えまして、私はこのマナガツオの燻製風ってやつをお願いします」

と峪口が言うと、

「施川くんもなにか頼んでください」

「はい。それでは、ええと、こ、この海老の水晶炒めをいただきます」

「いいよ、いいよ。どうせ割り勘だからどんどん頼んでください。うふふふっ…」

と、悪戯っぽく笑った。

「えッ!」

「施川、冗談だよ、冗談。社長の得意技さ」

「うふふふっ…、邑中さんもどうぞ」

「はい、ありがとうごせぇます。なぁ~、施川ぁ……ツバメって鳥の燕かぁ?」

再び小声で囁いた。

「ああ、そうだよ。空を飛ぶ燕だよ」

「ふんで、スってのは、巣っこのことかぁ?」

「うん、そうだよ」

邑中と施川が小声でやり取りをしている。

「うんだってオメェ、燕は家にも毎年来っけど、巣は泥でできてンだぞぉ。ど、泥を食うのかぁ!」

と、邑中が驚きの声をあげた。

「バ~カ、種類が違うンだよ」

「泥の種類が違うンかぁ…」

と、二人のやり取りが耳に入った梨田が、

「邑中さん、燕の巣っていうのは、本当に燕の巣のことなンですよ。こうなんていうのかなあ……ゼラチン質でとても美味しいンですよ」

峪口がそれを受けて、

「テレビで視たけど、フィリピンとかの小島に住んでいる燕の巣なンだよ。主に洞窟なンだけど、それがとんでもない断崖絶壁で、そこをよじ登って採るンだけど、落ちて毎年何人も死ぬらしい」

と説明すると、

「あっ、わしも視たことある。竹で足場を組むンだよな。それで百メートぐらい登っていくンだ。だから時々は落っこちて死ぬンだ。でも、誰でも採れるわけじゃなくて、ヤクザの親分みたいな権利を持った奴がいるンだよな」

と、施川が付け加えた。


2


「あっ、そうなの」

「上海でも薬局なんかに売っていますね。めちゃくちゃ高いですけれど」

「うんまかったら買ってぇんべぇ」

「あっははは……、無理無理」

「ふんなことねぇよぉ。銭っ子はあんど」

「いや、そうじゃなくて、料理が難しいンだよ。俺は鱶鰭を買って帰って家で調理したことあるけど、時間ばかりかかって喰えたモンじゃなかった」

「ふ~ん」

「峪口くんはなんでもやるンだねぇ」

「ええ、そうなンですよ。結構、料理は得意ですよ」「人間、なンか取り得があるモンだな」

「じゃかまし」

「うふふふっ…、ところで、お姐さん、今までに何品頼みましたか?」

小姐の“六品でございます”との答えを聞くと、三人の方を見ながら、

「ここはボリュームが少な目だから、炒飯か焼きソバを頼もうか。ねえ、みんなはどっちがいいの? どちらか一皿取って分けようよ」

「はい、私はどちらでも結構です。社長のお好きな方をお選びください」

と施川が答えると、

「俺ぁ、両方喰いてぇ」

「ほらね、峪口君。施川さんはちゃんとしているよ、誰かさんと違って。えッ!?」

「へいへい、それは悪うございました。くくくっ…」

「うふふふっ…、じゃあ、“ネギ焼きソバ”と“揚州炒飯”の両方を頼みましょう。美味しいンだよねえ、これが……。うふふふっ…」

どちらかというと日本蕎麦風の食感で、ラーメンの麺のような腰はない。

その麺を茹でて、葱をじっくりと炒め、葱のエキスが染み込んだ油と醤油に絡めるだけである。

揚州炒飯は日本でもお馴染みの炒飯で、卵にハムの賽の目切り、刻み葱にグリンピースといった簡単な具を使い、味は塩で調える。

ネギ焼きソバは街中の食堂で五元(七十五円)前後と安い上、葱の芳ばしい風味が気に入って、駐在当初、峪口たちは昼食としてずいぶんお世話になった。

「そうだ。お姐さんねぇ、デザートに燕の巣ね。甘いやつ。そう、これね。うん、それも四つお願いします。いいよね、みんなも?」

「はい、ありがとうございます」

ようやく注文が終わった。



四、デザートは“蛙の死亡”?


1


「施川ぁ…、これこれ、雪蛙の脂肪だってさ」

峪口が菜単の写真を示しながら語りかけると、

「なに、カエルの死亡……、まあ、生というわけにはいくめぇな」

と、かなりいい加減に応じた。

「死亡じゃないよ、脂肪だよ」

「あんだ、ゲェロがどうした?」

「蛙、雪蛙って蛙の脂肪が、デザートの食材に使われているンだよ」

梨田もどれどれと、もう一度菜単に目を落とした。

「そういえば以前、“名軒(高級中華レストラン)”でセットメニューになっていて、知らずに食べさせられたことがありましたね」

「あった、あった。デザートの杏仁豆腐の具材として入っていたンだよね。聞いてびっくり、玉手箱。うふふふっ…」

知らなければ、ゼラチン質でデザートとして他の食材と違和感はない。

だが、蛙と聞いた途端、全員が“うえッ!”となってしまった。

「赤ゲェロは焼いて食うと、寝ションベンの薬んなるンだ。俺ぁも餓鬼ンとき、ばあちゃんに喰わされた。峪口もそうだんべぇ」

「うん、まあねぇ」

「あっ、峪口、しらばっくれぇーて」

「うるさい」

「他に蛙の卵というのもあったね」

「それこそゼラチン質そのものです。梨田社長は蛙の卵って見たことありますか?」

と施川が訊いた。

「そりゃ、あるよ。子供のころは、夏休み間中、野田のお祖父さんのところで過ごしたもの。周り中、田圃ばかりだろう。それにお祖父さんの家にも大きな堀があったしね」

そこへ小姐がビールを運んできたので、四人は話しを中断して喉を潤した。

「さっきの話ですけど、社長の御本家は私たちの家とあまり変わらない環境ですね」

「峪口君の家は運河だろう。そしたら四、五キロじゃないの」

「そんなものでしょうね。施川の家も私の家から一キロぐらいのものです。邑中の家だと四、五キロはあるかな……」

「へーえ、そうなンだ。三人は幼馴染なの?」

「邑中とは保育園からですが、施川とは高校二年のときからです。施川はもともと柏の方でしたから、それまでは接点がなかったンです」

「へーえ、柏だったの……」

「邑中さんは?」

「大畔っていいます。峪口とは同じ学校区なモンで、そんで、保育園から中学校までは一緒なンです」

「あっははは……、保育園の付き合いは短かったけれどね」

「しッ! 止めろ」

邑中が慌てて峪口を制した。


2


「へへへへっ…、退園させられたンですよ」

施川が口を挟んだ。

「あっ、バカ」

「ええッ! 退園、退学ってことを……。なんでえ?」

「婦女暴行」

「ええッ!」

「バ、バカ。バカこくでねぇ」

「うふふふっ…、いくらなんでもそれはないよねえ」

「ふんとにこの男はバカで、オメェ(施川)じゃあんめぇし」

「ちょっと元気が良過ぎただけだよな」

「うんだ」

「うふふふっ…、滅多に聞けない経歴ですね」

「あっははは……、まあ、全国的にもそうはいないでしょう」

「わーかったってばぁ。もういいよぉ」

邑中が顔を赤らめて遮った。

「施川君とは高校に入ってからの付き合いなンだ?」

「ええ、そうです。こう見えても中学までは短距離の選手で、近隣ではけっこう有名で、ずいぶんもてたらしいですよ。まあ、今じゃ面影もないですけどね」

「こう見えても、はねぇだろう。へへへっ…」

「うふふふっ…、そうなの?」

「はい。千葉県でベストテンに入ってました」

「ええッ! それはすごい」

「自己申告だんべぇ」

「じゃましぃーッ! 正真正銘のサラブレットじゃ」

「はっははは……、今はどう見ても道産子だけどね」

「ふんだぁ。足はみじっけぇし、デブだしよぉ。走んの見たことねぇもんなぁ」

「へいへい、今更証明もできねえしな」

「うふふふっ…、僕は信じます」

「えッ! ありがとうございます。どうだ、さすがに梨田社長は君たち下賎の者とはできが違う。人間性の問題だな」

「さちょう(社長)さん、あんましバカおだてねぇでくンど。ただでせえ、お調子者モンですけぇ…」

「ぷぷっ…、わかりました」

「あらぁ~」

ズッコケル施川の姿に、四人は声を揃えて笑った。


3


しばらくして小姐が、スッポンスープの入った大きな器を載せたワゴンを押して来た。

そしてスープを取り分け、各自の前に置いた。

それをひと口啜った梨田が、

「うーん。おいしい」

と言って、三人にも飲むようにと勧めた。

スッポンのうま味がスープに凝縮されている。

街のレストランでスッポンスープを注文すると、土鍋の中に一匹そのままの姿で入っている。

中国人は甲羅を外し、頭と手足を捥ぎ取って齧り付くのだが、どんなにうまい料理であっても、やはり見た目が肝心だと思う。

中国人の審美眼は日本人と違うのか、鶏でも亀でも姿のまま調理するのが好みらしい。

それとも、肉の状態では、なにを食わされているのかわからない、信用できない、ということからそのようにするのかも知れない。

続いて豚三枚肉の柔らか煮、貝の形をした饅頭が添えられている。

「これをこう開いて、中へ、この、ほら箸でも崩れる。このトロトロに煮込んだ豚肉を挟んで食べる。これが実にうまいンだよね。ほら、みんなも食べてごらん」

と言って、梨田は食べ方を三人に見せた。

「こうですね。……なるほど、おいしいですね」

施川はすでに二個目に取りかかっていた。

醤油味ベースで黒酢を加えた濃厚なタレには、片栗粉でトロミがつけられている。

「ほれ、みっともねぇからガツガツすんなよ」

邑中はいつも、他の人たちが食べるのを確認してからゆっくりと箸をつける。

「オマエが遅いンだよ。早く食わねぇと、わしが全部喰っちまうぞ」

「うふふふっ…、足りなければまた頼めばいいよ」

鷹揚としたものである。



五、鱶鰭フカヒレ


1


「僕はウーロン茶にするけど、みんなは好きなお酒を頼んでください」

梨田の話し方は、その育ちの良さからくるのか、実におっとりとしている。

「ありがとうございます。せっかくですから、紹興酒も頼んでよろしいですか? 十八年ものなんか、如何でしょう」

「だめだめ。ここは高いンだから。八年もので十分だよ」

「小姐ッ!」

呼ばれて近づいてくる小姐に、峪口は紹興酒を温めるように指示すると、

「お砂糖は必要ですか?」

と小姐が訊いてきた。

「いや、いらないよ」

と峪口が言うと施川は、

「もらおうよ、砂糖を……」

と食い下がった。

「施川くん。まあ、とにかく飲んみなさい。八年モンは砂糖なんか必要ないンだから……。本当は十八年ものがいいンだけど」

「ダメッ! 八年もので十分。やっぱり僕も、少しもらおうかなあ」

と梨田が応じたのに対して、

「ダメッ!」

と、峪口が切り返すと、

「あらっ~」

と梨田は、ズッコケル仕草をした。

小姐も思わず含み笑い、三人も声を揃えて笑った。

気心の知れた友と飲む酒は実に楽しい。


2


峪口は、日本では温めた紹興酒にザラメなどを入れて飲むが、これは熟成度が少なく、刺激の強さを誤魔化すためだと考えている。

「ほんとだ、うまい。日本で飲むのとは全然違うわ」

施川が喜びの表情を満面に浮かべた。

「だろう。十八年ならもっとうまいよ」

あくまでも十八年ものにこだわる峪口に、

「ほんとうに峪口君はしつこいね。ねえ、施川くん」

と同意を求める。

「ええ、そうなンですよ。しつこくて、しつこくて。参りますよ」

「ははは……、それにしてもなんですね。一年ものがあって三年、五年、八年とあるわけですけど、なぜ次は十八年なンでしょうねえ」

「決まってンべぇよ。売り上げのためだんべぇ」

「ふふふっ…、邑中君は簡単明瞭ですね。十年もの、十二年ものもありますよ。なんか、数字と関係があるンじゃないの」

「そうかもしれませんね。でも、一応、向学のために小姐に訊いてみよう、っと」

峪口は小姐を手招きした。

「わかった。いいよ、いいよ。……わからないそうです。マネージャーを呼びましょうか、だって」

峪口は必要ない、必要ないと繰り返し手を振った。

「あまり、困らせないでね。明日から僕が来られなくなっちゃうから。ふふふっ……」

紹興酒は瓶の封を切り、小さな徳利でひとり一人別々に出されるのだが、その徳利は更に大きなお湯の入った器にすっぽりと収められ、お燗が冷めない仕組みになっている。

「これ、この器、日本酒にもいいね。買って帰ろうかなあ」

「止めた方がいいです。結局は物置の肥やしになるンですから。日本酒にはやはり日本の徳利が一番合うもンです。それが歴史というものです」

「いつもながら、峪口君の言葉には説得力があるねえ。いゃあ、たいしたもンだ。政治家にしたいくらいだ。うふふふっ…」

「峪口ぃー、市会議員へでも出るか」

「はははっ…、それは邑中に任せるよ」

「…………」

「あれっ、邑ちゃん、本気?」

施川が邑中の顔を覗き込んだ。

「うん、そんな話もある」

「あっ、そうなのぁ…。出るときにはゆってね。日当五万、三食昼寝付きで手伝うから」

「いんね。オメェに頼むンなら、まだ猫の方がマシだんべぇ」

「がっははは……、それは正しい」

「おおう、自分で言ってるよ」

「僕も手伝いたいけど、選挙区が違うからなあ」

「そんな勿体ねぇ。梨田様にそんな、……お気持ちだけで結構ですらぁ」

「あらぁ~、本気かよ。峪口ぃ~、ほんとに出るつもりらしいぞ」

「うん。頑張ってね」


3


やがてメイン料理ともいえる鱶鰭の姿煮が三人の前に置かれた。

「すごいですね。こんなの写真でしか見たことがありません」

施川が驚きの声をあげ、峪口も唯々ウンウンと同調した。

「ほんとうに鰭の姿がそのままだものね。春雨みたいなのがスープの中で泳いでいるのは食べたことがありますけど、俺もこんなの始めてです。遠慮なくいただきます」

クルリと円を描いた、直径が二十センチはあろうかという鱶鰭を、繊維質に沿ってスプーンで大きめに切り取って口に含むと、トロミのついたコンソメ味のスープと口中で渾然一体となり、歯ざわりよりも喉をスルリと通り抜ける食感が楽しい。

まさに至福のとき、中国人ならさしずめ“口福”のときである。

しかし、贅沢な話だがいかにも一人前には多過ぎた。過ぎたるは及ばざるが如し。

「総経理、贅沢言って申しわけありませんが、少し多過ぎましたね」

「うん。そうだね。段々飽きてくるね」

「そんなことありません。おいしいです」

施川はもうほとんど平らげている、相変わらずの健啖ぶりである。

「そう、よかった。ほら、峪口君も食べなさい。なんなら、お土産で持っていく」

「はははっ…、総経理、そんな恥ずかしいこと、言わないのッ!」

「うふふふっ…」

「持ってぇれんのかぁ?」

「えっ、……できないこともないとは思うけど……」

邑中の問いに戸惑う梨田。

「邑ちゃん、梨田社長が困っているでしょう」

「ふんでも、もったいねぇべ。明日の朝飯に、これで雑炊作ったらうめぇどぉ」

「なるほど、これで雑炊か。邑中さん、なかなかアイデアマンだね」

「確かに、贅沢な雑炊ができますね。ちょっと小姐に訊いてみよう」

「あ~あ、峪口まで、みっともねえなあ」

「ところが施川さん、中国ではそれほどみっともないことでもないンですよ」

「ほーれ見ろ。オメェは全部喰っちゃったから、明日の雑炊はねぇどぉ」

「へへへっ…、わしはいらん。ビールがあればなんにもいらん」

などと言いながら、結局は二人とも全部平らげた。

「少し残ったけど、峪口君、持って帰る?」

と言う梨田の申し出に、

「いや、もう十分にいただきました。おい、施川ぁ、おまえもらえば?」

と峪口は施川に振った。

「あ、いや、わたくしも、もう十分いただきましたから……」

施川が、余計なことを言うなとばかりに、峪口に目配せをした。

「総経理、後は、なんでしたっけ?」

「焼きソバと炒飯、それとデザート、かな?」

「なにか野菜も欲しいですね」

「いいよ。なにか頼めば」

「はーい。小姐ッ! ……なにか、野菜のおいしいのある? 味付けはあっさりとしたのがいいな」

小姐が菜単メニューを持って峪口のところへやって来た。

「これ、この写真の、クウシンサイだっけ? そう、これもらうわ」

頷いて立ち去る小姐に、“峪口は急いでねぇ”と言葉を投げかけた。

こうして二時間ほど楽しい時間を費やした四人は、梨田の招きに応じて三十三階のバーに席を移した。

窓側に席を取り、ホテルの庭園と果てしなく広がる美しい夜景を愛でながら、シーバスのロックを舐め舐め、夜更けまで四方山話に耽った。

白玉蘭の料金は二千数百元(約四万円)、シーバスのボトルキープが一本八百元、諸々のツマミをプラスして千三百元(約二万円)ほどであった。

この金額は日本人にとってもかなり高いものであるが、もしも中国人が聞いたら卒倒すること間違いない。

なにしろ、上海での大卒の初任給は二、三千元なのだから……。


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