彼の住む町
やがて わたしが先生に 当てられた。
彼の ノートのおかげで、先生に褒められるくらいの 英訳が できた。
そして 次に 金井くんが 当てられた。
「わかりません。」
彼は ボソッと 低い 小さな声で 言った。
「なに〜!?」
先生が 声を強めて言った。
私は 驚いて 彼を振りかえった。
ノートを急いで たたんで、彼に返そうとした。
「気分が悪いんで 早退します!」
彼は私のことばや 行動を 遮えぎろうとするかのように 大きな音をさせて、椅子を蹴り、 鞄を持って教室を出た。
英語の 村川先生は 顔を真っ赤にして怒った。
「お前は 授業をなんだと思っとるか!!」
彼は 全く無視して 廊下を歩いて行った。
「まったく これだから 在日は・・」
なんてことを言うんだと思った。
教室中で ひそひそ囁き声がする。
誰かが
「先生、早く授業を再開してください」
そういうと 先生は 咳ばらいをして 別の人を 当てた。
私は 自分が 情けなくなった。
なぜ本当の ことが 言えなかったの だろう。
自分にも 腹がたち、言われのない差別をする 先生やクラスのみんなにも 手か 振るえてくるほど 怒りが 込み上げてきた。
私は 彼に 急いで 会って話をしたかった。
お礼をいうとでもなく、ただ彼と 話したかった。心の通じない 他の友達よりも 何か近い存在に 感じた。
彼に 借りたノートを 胸に抱きしめるようにして、学校帰りの私は 彼の家を 探した。
ちょうど クラス名簿が配られたばかりだ。それに書いてある 住所をたよりに 知らない町を 宛てもなく 探す。たった一人で。
「新地町 四丁目ってどのあたりですか?」
交番で聞いた。
巡査さんが 私を上から下まで ジロッと 舐めるように見る。
「お嬢ちゃん 一人で行くんかね?一応案内するけど・・やめときんさい。一人じゃ 危ない。」
「危ない・・ところなんですか?」
「あんた この辺の人じゃないね。」
結局、巡査さんは 道順だけは教えてくれた。
世間知らずで 怖いもの知らずの私は 彼の住む、新地町 に たどり着いたのだった。