優しさと冷たさ
4月も 終わりに近づき、本格的に 授業が始まった。
さすがに 県下でも有数な進学校だけあって 生徒たちは、休み時間でも 教科書や 参考書を広げて 勉強していることが 多い。
私はやはり 後ろの席の『彼』を毎日 意識していた。
彼の名前は
金井 龍吾 と いった。
現代文の時間に 当てられて 詩を朗読した あの低く、ゆっくりとした声が忘れられない。
彼は いつも 一人でいた。
休み時間は 教科書をささっとみて バタンと 大きな音を たてて 畳み、いつも 古い表紙の 難しそうな 本を 脚を組んで読んでいる。
一方 わたしは クラスの女子生徒と 何人か 友達はでき、 お弁当を一緒に食べたりするようには なったが なぜかみんな よそよそしく、 島の中学にいるころのように 冗談を言い合ったり 恋の話をしたりすることは なかった。
みな うわべだけの付き合い な気がした。
ある日、英語の宿題で、教科書の 英文訳 を やってきて 先生が 当てたところを 訳さなければならなかった。
しかし、私が 訳してきたところは 宿題のところとは 全く違うところだった。
それに気がついたのは 英語の授業の前の 休み時間で 私は 泣きそうになって、友達に ノートを 写させてくれと 頼んだ。
だが みんな 口々に
「自信が ないから」
とか
「もう一度見直すから」
なんて 貸してくれる女友達はいなかった。
中学のころなら こんなこと なかったのに・・。
私は 休み時間中 訳せるところまで やってみたが、最初のページでさえも 満足にできなかった。
嫌味でインケンな英語の先生の 顔を 思い浮かべて 半泣きになった。
やがて 英語の時間が始まった。
私は ドキドキしながら
自分の番が いつくるのか不安で仕方なかった。
すると 背中を何かでつつかれる 感じがした。
金井くんが 私の右脇から英語のノートを そっと渡してくれた。
先生の視線を気にしながら、そのノートを机に広げた。
ノートには 彼の字で びっしりと 英文と和訳が書かれていた。
宿題以外のところも全部。
私は驚いて ノートに見入った。