無垢な希望
<プロローグ>
昭和40年
わたし、松永笙子は
両親の仕事の都合で
静岡から 瀬戸内の離島に引っ越してきた。
小学6年のときだった。
父は 静岡にいるころは 大学病院の 勤務医であり
母は 結婚前は 薬剤師として働いていた。
両親は お見合い結婚であり、比較的 恵まれた人生を 過ごしてきた 二人のあいだに 私は生まれた。
父は 長いものに巻かれるという性格でないために、派閥のある 大学病院では なかなか馴染むことができなかったようで、ある教授と 対立してしまい、 結局、地方の勤務医となり、今住んでいる 島の診療所で働くことになった。
父にとって この島は、大学病院よりは 地域の人々と 交流があり、働きがいのある場所だったようだが、 お嬢さん育ちの母には 抵抗があったようだ。
二つ違いの兄と私は 学校の休みがある度に 母の実家に 連れられて帰っていた。毎回私たちはいやいや引っぱって行かれる。
私たち兄妹は この島に すぐに馴染むことができた。都会暮らしより自然のなかでのびのび遊ぶほうが 楽しかった。
母は 事あるごとに、
「こんな 田舎に 連れてこられて」
と 父を 責めた。
しかし 父は 黙っていた。
島に引っ越して 一年が過ぎた ある日、父が母に言った。
「お前の薬の知識を 活かしてくれないか?私と看護婦 二人だけでは 正直手がいっぱいなんだ」
母は 渋々 診療所の仕事を手伝い始めたが 次第に島の人たちに 打ち解け、仕事にもやり甲斐を見つけ、 私の家庭にも やっと 平和が 訪れた。
風光明媚なこの島は
近所とのつながりも 濃くて、みな引っ越してきた私たちに 親切だった。
小学校から 中学校に進学しても みな 顔ぶれは同じで 男女の差がなく 仲が良かった。
やがて
兄が 高校に進学する歳になり 高校のない この島を出て、 船で 本土の進学校に 通学することになった。
兄は 父と同じ 医師を目指していた。
兄の入った高校は 本土の市街の真ん中に あり、県下でも 一番か二番の進学校だった。
私も 兄と同じ高校を 自然と 目指すようになった。
親切な人々と自然に恵まれ、私はのびのびと成長していた。
進学校へと進んだ 兄の啓一は、帰宅したら 真っすぐ部屋に向かい、勉強するようになった。
あんなに 小さいころから海や学校の 校庭で 飛び回って遊んでいた 兄が・・・。
私は 兄に聞いた。
「お兄ちゃん、高校ってどんなとこ? 私も お兄ちゃんと同じ 晃西高校に行きたいの。 勉強大変?」
「そりゃ 大変だよ。毎年東大合格者を何人も出す学校だよ。中途半端じゃついていけないよ。」
「でも 行きたいの。」
「お前の友達が行くような 女子高で 充分じゃないか? 晃西は 女子が少ないし それに・・・」
「それに?」
「いや これは 入ってみないとわからないと思うから・・とにかく、オレは反対だ。お前は のびのびしてるのが 似合うよ。」
「お兄ちゃんの言ってること よくわからないよ」
「医者や 薬剤師になりたかったら 無理に あの高校でなくても いいってことだよ。」
はっきり 言ってくれない兄に イライラしながら、私は ますます 晃西高校への憧れが強くなった。
島の女子で 晃西高校に入学した人はほんの 少数だ。 クラスの中でも 希望しているのは 男の子に一人と 私だけ。
意地でも 受かってやると勉強に燃えた。
そして とうとう
わたしは晃西高校に 入学することができたのだった。