前世で悪徳令嬢プレイを満喫していた私は転生したら......農家でした!?〜断罪される側から、断罪する側になってみせますわ!!!~
前世、わたくしは乙女ゲーム『白夜の煌めき』を何百周もやり込んだ、筋金入りのヘビープレイヤーだった。
中でも一番好きだったのは、断罪される悪役令嬢ルート。高笑いをしながら策略を巡らせ、最後は華麗に返り討ちにされる、その一連の様式美をこよなく愛していた。
だから、転生を果たしたと気づいた時、わたくしは当然のように貴族令嬢としての人生を思い描いていた。優雅なドレス、絢爛たる夜会、そして華々しい断罪劇......
「――ミレイユ!! いつまで寝てるんだい、鶏の世話が先だよ!!」
母の怒声で叩き起こされた朝、わたくしは自分が農家の三女に転生していたという事実を、ようやく受け入れざるを得なかった。
「あら、鶏の世話、ですって……?」
呆然と呟きながら、わたくしは鶏小屋へと向かった。優雅なドレスの代わりに、着ているのは擦り切れた作業着である。理不尽にもほどがある。
「まさか、断罪される予定の悪役令嬢どころか、断罪する側の貴族にすらなれないなんて......」
思わず漏れた愚痴に、餌をついばんでいた鶏が一羽、こちらをじっと見つめてきた。まるで「贅沢を言うな!」とでも言いたげな目である。
「――いえ、贅沢は申しませんわ。この与えられた境遇で、精一杯やらせていただきますとも!」
気を取り直し、わたくしは卵を集める作業に取り掛かった。優雅な扇の代わりに握るのは、藁で編んだ籠である。何事も慣れれば悪くないと、自分に言い聞かせることにした。
だが、事はそう単純には運ばなかった。
「――卵を、渡していただけますかしら?」
にらみを利かせてきた雄鶏に向かって、思わず交渉口調で語りかけてしまう。前世の癖というものは、存外根深いものらしい。当然ながら鶏に交渉術は通じず、思い切り足を突かれる羽目になった。
「痛っ……!? この、無礼者め……!!」
涙目になりながら鶏を睨みつけるも、相手は素知らぬ顔でその場を歩き去っていく。悪役令嬢としての貫禄は、どうやら家畜相手には何の効力も持たないらしい........実に屈辱的な洗礼である。
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「ミレイユ、卵は集め終わったかい?」
「ええ、お母様。今朝は十二個ございましたわ」
「あんた、その喋り方、まだ直らないのかい?」
村人たちは、わたくしの妙に上品な口調を「病み上がりの後遺症」だと解釈しているらしい。断じて後遺症ではないのだが、訂正する気力もない。
「お母様、これは生まれつきの気品というものですわ。すぐには馴染まないかもしれませんけれど....」
「気品もいいけどね、まずは畑仕事の方に馴染んでおくれよ。昨日も鍬の使い方を間違えて、あわや自分の足を耕すところだったろう?」
「あら、あれは事前の練習ですわ。実践あるのみ、と申しますでしょう?」
苦しい言い訳をしながらも、わたくしは母の隣で作業を続けた。前世の貴族令嬢としての知識は豊富だが、農作業の実務経験は皆無に等しい。この一週間、鍬を握るたびに何かしらの失敗を重ねてきたのは、正直なところ否定できない事実である。
「それより、聞いておくれ。隣村の代官が、うちの畑の境界線を勝手に引き直したそうなんだよ.......」
母の言葉に、わたくしは畑仕事の手を止めた。境界線の不正な引き直し――なるほど、実に古典的かつ卑劣な手口である。前世で散々見てきた「悪徳貴族の常套手段カタログ」の一つだ。
「あら、それは看過できませんわね」
「あんたに何ができるって言うんだい」
「お母様、わたくしにお任せくださいませ。悪徳の手口を見抜くことにかけては、それなりに自信がございますの」
胸を張って宣言するわたくしに、母は怪訝な顔をしながらも、深くは追及してこなかった。
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数日後、代官のフォルグ氏が意気揚々と村に乗り込んできた。恰幅の良い体を揺らしながら、いかにも自分の主張が絶対だと言わんばかりの態度である。
「――随分と貫禄のあるお腹回りでいらっしゃること? 日頃の役得が偲ばれますわね......」
小声で漏らした感想に、隣にいた母がぎょっとした顔でこちらを見た。前世の毒舌癖は、どうやら相手を選ばず発動してしまうらしい。
「境界線はこちらが正式なものだ!! 異論は認めん!!」
差し出された書類を一瞥して、わたくしは思わず苦笑した。
「あら、フォルグ様......この書類、随分と新しい紙をお使いですのね?」
「な、何の話だ......!?」
「先代の境界確定書は、村の記録保管庫に十年前の日付で保管されておりますわ。こちらの書類、それより後に作られたにしては、随分と都合よく境界が動いておりますこと」
「そ、それは……たまたま測量し直しただけだ!! 金も持たない庶民が指図するでない!!」
「測量し直した記録も、測量士の署名もない書類を、正式なものと呼べますかしら?」
痛いところを突かれたフォルグ氏は、明らかに動揺していた。前世で培った「証拠の矛盾を見抜く目」は農村の土地問題にも存分に活かせるらしい。
「た、たかが農家の娘が、生意気な口を利くな!
これ以上の無礼を働くようなら、こちらも強行手段をーーー」
「あら、生意気ではなく、事実を申し上げているだけでしてよ? それとも、事実を指摘されるだけで生意気に聞こえてしまうほど、後ろ暗い事情がおありなのかしら」
「うっ……そ、それでも、この土地はザイン男爵家が正式に――」
「あら、ザイン男爵家の名前まで出していただけるとは、ありがたいですわ。ちなみに、男爵家がここ数年、隣接する村々から次々と『境界の引き直し』で土地を奪っている件、既に王都の監察院に相談させていただいておりますの」
「なっ……!?」
「あら、ご存知でしたかしら?実は先日、行商人の方々から色々と興味深いお話を伺いましたのよ。同じ手口で泣かされた村が、他に三つほどあるとか」
はったりと事実を織り交ぜた指摘に、フォルグ氏の顔が見る間に青ざめていく。半分は本当、半分は今しがた思いついた脅しだが、それを見抜かれる様子はなかった。
「そ、それは根も葉もない噂だ......!」
「あら、根も葉もないと仰るなら、堂々と監察院の調査を受けてくださいませ。潔白でいらっしゃるなら、何も恐れることはございませんでしょう?」
「ぐっ……」
正論で追い詰められたフォルグ氏は、額に大粒の汗を浮かべながら、後ずさりを始めた。追い詰められた小動物のような様子に、わたくしは内心で小さく笑いを噛み殺した。
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「――そ、それは、その、誤解だ......!!!」
「誤解かどうかは、監察院の方々が判断なさるでしょうね。それとも、今この場で正式な測量記録をお見せいただけまして?」
答えられるはずもない問いに、フォルグ氏は黙り込むしかなかった。周囲で成り行きを見守っていた村人たちから、ひそひそと感心の声が漏れ始める。
「あの子、いつの間にあんな交渉術を……?」
「病み上がりの後遺症どころじゃないね、あれは」
「昨日、鍬で自分の足を耕しかけてた子とは思えないよ」
「その話は、今は関係ございませんわ!!」
余計な情報を付け加えてきた村人に、わたくしは思わず口を挟んでしまった。有能さの演出には、時に過去の失敗談ほど邪魔なものはない。
「――お、覚えていろよ!!」
捨て台詞を残して逃げ帰るフォルグ氏を見送りながら、わたくしは小さく息をついた。断罪する側に回るのは、思っていたより悪くない気分である。
数日後、村に届いた報せによれば、ザイン男爵家の不正な土地強奪は、王都の監察院によって正式に調査対象となったらしい。行商人経由で撒いた噂が、思いのほか早く実を結んだようである。
「ミレイユ.......あんた、一体何者なんだい.......?」
母に問われ、わたくしは涼しい顔で答えた。
「ただの農家の娘ですわ、お母様。少々、悪徳の手口に詳しいだけで、ね?」
「詳しすぎるだろう、それは.......」
「前世の趣味が、こういう形で役立つとは思いませんでしたけれど.......」
「.......ん? .......前世?」
「――独り言ですわ、気になさらないでくださいませ」
慌てて誤魔化すわたくしに、母は怪訝な顔をしながらも、それ以上は追及してこなかった。この程度の誤魔化しで済むあたり、農村暮らしというのも案外気楽なものである。
呆れる母の隣で、わたくしは畑に視線を戻した。優雅なドレスも、華々しい断罪劇の舞台もないけれど――泥だらけの畑で振るう毒舌と策略も、存外悪くない人生かもしれない。
「お姉ちゃん、今度は何をするの?」
末の弟が興味津々な顔で尋ねてくる。わたくしは不敵に微笑みながら答えた。
「さて、次は隣村の代官の懐事情でも、少し調べてみましょうかしら?」
「代官の懐事情?」
「悪事を働く者は、大抵お金の流れに綻びが出るものですのよ。そこを丁寧に辿っていくのが、悪徳を見抜く第一歩ですわ」
得意げに語るわたくしを見て、弟は目を輝かせながらも、母は深いため息をついていた。
「――うちの畑はそのうち、お金について代官所より詳しくなりそうだね.......」
私はそんな母のため息混じりの一言を聞くこともせず、気分上場のまま、次なる相手への準備を進めるのであった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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「鶏に負けてるのシュールで好き」「フォルグもっと追い詰めて」など、感想コメントもお待ちしております。
ザイン男爵家の裏に潜む思惑や、代官の懐事情の調査など、まだまだ書きたいことがございます。よろしければ作者フォローもしていただけると幸いです!
それでは、また次のお話でお会いしましょう!




