極悪姉の断罪は華やかなパーティーの裏側で
この国には、ある言い伝えがあります。
それは『双子は家に災いをもたらす』というもの。
私は処分こそ免れましたが、生まれてから一度も家の外で自分の名前で呼ばれたことがありません。最初から存在しなかったものとされ、姉アデラインの影武者としてのみ生きることを許されてきました。
「今日のお茶会は面倒ね。どうして私が田舎娘の話なんて聞かないといけないの。アルテシアが代わりに出なさいよ」
「貴族なのに私が勉強する意味なんてあるの? 今日の試験はアルテシアが代わりに受けてきてよ。もちろん満点以外許さないけど」
お姉様が行きたくない時だけ学園やお茶会へ行くよう命令されます。
家族の誰も私を愛してくれません。
身代わり奴隷とでも思われているのでしょう。
それでも私は、お姉様の代わりに呼ばれる日をいつも心待ちにしていました。
お姉様は『勉強なんて意味がない』、『他人の自慢話を聞かされるお茶会ほど退屈でくだらない時間はない』と言いますが、私にとっては貴重な時間です。
お茶会は食べたことのない美味しいお茶やお菓子をもらえるし、いつも一人で部屋から出ることも許されない私にとっては、学園で誰かとおしゃべりするのが一番の楽しみだったのです。
しかし、お姉様の性格がだんだんと歪んでいく内、あまりお茶会へ誘われることもなくなりました。たまに誘いが来ても『家の都合で仕方なく』といった様子が一目でわかるほど避けられてしまいます。私が話しかけると誰もが迷惑そうに顔をしかめます。
昔はお友達だと思っていた相手に避けられるのはとても悲しいです。
私もお姉様の身代わりとして自分を偽っているので、相手だけを責めることはできませんが……
学園も、試験の点数はいいのに授業では何も答えられないからカンニングをしているのだろうと陰で噂を立てられているようです。
人にバカにされることを許せないお姉様は、自分が満点を取れと言ってきたのに『どうしてもっと上手くやれないのよ。アンタってホントに使えないわね!』そう言って私を責めます。
私が学園へ行っている時とお姉様では態度も違いすぎるせいで、同級生のご家族や学園の先生から、家の方に『躁鬱の気があるんじゃないか』と心配の連絡が来た時もすごく責められました。
次第に私が学園へ行ける回数も減っていきました。お姉様曰く『テストの点数なんてお金で買えばよかったのよ』だそうです。
・
・
・
誰も寄り付かない屋敷の一番奥の部屋に閉じ込められて半年か一年か……気づくと最後に人と話したのがいつかさえ思い出せないほど時間が経っていました。食事を運んでくれるたった一人の使用人も、お父様やお姉様の命令で口は利いてくれませんし。
童話に出てくる囚われのお姫様のように、いつか誰かが私をここから連れ去ってくれないかなぁ……なんて妄想しながら何も無い日々を過ごします。
そんなある日、お姉様が私の部屋へやってきました。
「明日、舞踏会があるの。アルテシア代わりに出てちょうだい」
舞踏会ですか。
ダンスはお姉様の得意な趣味のひとつです。
これまで私が代わりに出させてもらったことは一度もありません。
なにかあったのでしょうか。
「急に別の予定が入ってしまって。私、これから旅行なのよ」
窓を見ると、使用人達がたくさんのバッグを馬車へと運んでいます。
まるで外国へ引っ越すかのような大荷物。
あんなに持ってどこへ行くのでしょう。
そこはかとなく嫌な予感……
悪寒が冷や汗となって背中を伝わるのがわかります。
「ど、どこだっていいでしょ! アンタは黙って言われたことを聞いてればいいの! アンタは私のために生きて私のために死ぬのが役目なんだから!」
それはその通りですね。
お姉様の機嫌が良ければ、帰ってから土産話くらいは聞けるでしょう。
私はお姉様のドレスで舞踏会へ。
ですがさっそく四方八方から冷たい視線が刺さります。
周囲に聞き耳を立てると原因は簡単にわかりました。
お姉様は意中の殿方とこの舞踏会で踊る約束を取り付けるために、邪魔になる他の御令嬢の方々へ口にするのもおそろしい嫌がらせをしていたようです。これまでお姉様のフォローをしてきた私も、ひどすぎて今回はどう言い繕えばいいのかわかりません。
「アデラインも今日で終わりね」
「自分が断罪されるとも知らずに、バカな女」
「国外追放? それとも処刑されてしまうのかしら?」
「くすくす、いい気味だわ」
何やらものすごく物騒な言葉まで……
嫌な予感が一段と強く掻き立てられます。
踊る前から背中が汗でびっしょりです。
そしてそれはすぐに現実のものとなりました。
壇上に現れたのは金髪の貴公子。
お姉様の想い人。
人の波が割れて私までの道が作られます。
貴公子は険しい目つきでこちらへゆっくりと歩いてきました。
彼が一歩踏み出す度、私は断頭台へ送られる囚人になった気分になります。
しかし、彼は私の前まで来ると一瞬驚いたように大きく目を開きました。
「こうなったか……ちっ、保身にだけは聡い女だ」
それまでの鬼気迫る顔から、嘘のように穏やかな笑顔へ変わります。
そして彼は、何やら会場の端で待機していた兵へ指示を飛ばしたようでした。
何があったのでしょう。
私には何もわかりません。
事態の説明を求める間もなく音楽が始まりました。
差し出された手を取り、彼に導かれるままステップを踏み出します。
状況を分かっていないのは周りの人達も同じようです。
ダンスホールで華やかな演奏が鳴り響いています。
なのに踊っているのは私と彼だけ。
みんなポカンと口を開けて私達を見ています。
長い曲が終わると彼は私の前に跪きました。
「名も知らぬ君よ。僕は最初からずっと君だけを見てきた。これからは僕が君を守る。だから、僕と結婚してくれ」
ホールに雷が落ちたかのような喧騒が広がります。
「どういうこと!?」
「アデラインが断罪されるんじゃなかったの!?」
特に、お姉様から嫌がらせを受けていた方々でしょう。
今にも人を殺しそうな目つきで『アデライン』を睨みつけます。
だけどこの方は今、私に『名も知らぬ君よ』と言いました。
会場にいる誰も本当の私を知らない。
私とお姉様の違いを、みんなただ気分の波が激しい女だと思っていたはず。
なのに、この方だけは私に気づいてくれた。
私を見つけてくれた。
それだけで、私は言葉にできぬ気持ちに胸が締めつけられ涙が溢れてきます。
「返事を、もらえるかな……」
彼が不安そうな目で私を見上げます。
「申し訳ございません。今この場ではお答えできません。私には、その権利が……」
「そんなことはない。君を縛るものはもう何もない。君は既に自由なんだ。必ず僕がそうしてみせるっ」
彼が再び手を差し出してくれます。
しかし、この手はダンスの時と同じ様にはいきません。
私が勝手にこの手を取ることは許されない。
私は存在しないはずの人間なのですから――
舞踏会から逃げ出すようにして帰った翌日。
ベッドに潜って隠れていると部屋にお父様がやってきました。
旅行中のお姉様の代わりに、昨日の失態を叱りに来たのかもしれません。
身構えていた私にお父様は青い顔で言いました。
「アデラインが……土砂崩れに巻き込まれて、死んだ……」
そんな……ウソ。お姉様が死んだ?
銀の杭で心臓を貫いても死なないと陰で言われているあのお姉様が?
それに、ここしばらくは快晴でどこも雨なんて降っていません。
どうして土砂崩れなんて……
だけどお父様の様子を見るに、何かの偽装でも冗談でもないようです。
お姉様、こんな早く亡くなってしまうだなんて……
冥府で安らかに過ごされていることをお祈りしております。
「アデライン、こんな薄暗い部屋にいてはダメだ」
お父様は祈りを遮るように私の手を掴んで廊下へ連れ出します。
着いたのはお姉様の部屋でした。
「いいな、今日からお前がアデラインだ」
その手にはお姉様の死を報せる手紙の他に、もう一通握られていました。
お姉様へ宛てられた正式な婚約の申し込みです。
送り主はやはり舞踏会で会った彼。
お父様はお姉様の死を隠蔽し、私を嫁がせると言いました。
お姉様から受け継いだドレスや化粧品、結婚道具一式を載せた馬車に揺られながら、私は今日、故郷の領地を旅立ちます。
まさかこんな風に自由になれる日が来るとは思いませんでした。
あの薄暗い部屋から救い出してくれる人が現れるだなんて。
ですが、お姉様の死と自由への悦びという葛藤の他に、私にはまだ気になることがあります。
お姉様の想い人。
私を見つけてくれた救い主――
あの人は一体誰なのでしょう?
お姉様の身代わりとして、たまに外へ出る機会だけが私の小さな世界でした。
だから私は、これまで出会った全ての人、全ての会話を覚えています。
ですが舞踏会で出会った彼を私は知りません。
もちろん、結婚することになった今では名前を知っていますが、それまで顔も名前も知りませんでした。しゃべったこともありません。出会った事は一度もないはずです。
彼はどこで私を知ったのでしょう。
どうして私を。
私の何を好きになったというのでしょうか。
お姉様の代理で舞踏会へ出るように言われたあの日から、ぞくぞくと背中を伝わる悪寒が今も止みません。




