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星間で君を探して

作者: 哀椿
掲載日:2026/01/26

宇宙船時間の十三時、昼食を済ませた私は食器を軽く濯ぎながら、窓で隔たれたキャンピングシップの外の星々を、視線を流す様に眺めていた。

食器を食洗器に並べスイッチを入れる。

厨房から出て廊下を歩きながら、タブレットの画面を確認する。溜め息を吐いた後、画面を点けては消して、点けては消してを繰り返す。

足がとある大きな扉の前で止まると、プシューという音と共に扉が開き、私は操縦席の前にある充電スタンドにタブレットをセットすると、また画面を点ける。

通知欄には遠い太陽系のトレンドや流行りの音楽の情報、家族からのメッセージが表示されている。

私はもうずっと、そこに「ノーフット」からのメッセージが表示されるのを待っていた。

約一年半前、天文生物学者であり私の五歳年上の友達のノーフットが、惑星探査に出た先で行方不明になった。

ノーフットが所属する惑星探検隊は当時、現地で緊急事態に陥り、急遽ステーションへ撤退せざる負えなくなったのだけど、脱出船に乗り込む際に事故が起きてノーフットだけが乗船できず、現地に置き去りになってしまったらしい。

現地には脱出船が抜け去った研究基地が残されており、事故で死亡していなければ彼が生存している可能性は十分にあると、ステーションは彼の捜索を申請したが、木星の研究所は彼の生存は期待できないとしてステーションに帰還を命じてしまった。

私は彼の同僚からその話を聞いて、堪えられなかった。

ノーフットは私にとって本当に大事な友達で、なのに死んだかどうか確認して無いのに生きていないと断定して少しも探してくれないなんて。しかもノーフットは右足が不自由で思う様に歩けないのに、たった一人遠い惑星に取り残されて。

報告された時、私は彼の同僚の前で泣いた。

その晩も食事を摂らずに自分の部屋で泣いて、一晩眠った後も起きてすぐ彼の事を思い出して泣いた。

学校も休んで、食欲も無いので食事も碌に摂れず、夜も頭の中で「ノーフットはホントに死んだの?」「今も助けを待って頑張っているんじゃないの?」といった考えが巡って眠れなかった。

せめてノーフットが生きているのか死んでいるのか、それをはっきりさせて欲しかった。

生きているなら助けて欲しい、死んだなら死んだで心の整理をつける。だからせめて、ノーフットが生きているのかどうかをはっきりさせたかった。

そして、ノーフットの行方不明を知らされてから一週間後、私は両親に相談せず、お父さんのキャンピングシップを勝手に持ち出して彼の捜索に出た。

出発してすぐ空間転移装置で地球から木星の手前まで飛んだ為、両親は追ってはこなかったけど、散々お叱りの連絡が来た。

結局、長い口論の後で「必ず帰るから」と約束をしてどうにか行かせてもらえた。

それから、木星軌道上のスペースコロニーで先を見越して保存食や生活用品を買い足して、また空間転移で太陽系を出た。

最近の通信機器は凄いとよくお父さんが言っていたけど、太陽系を出てそれを良くも悪くも実感する。太陽系を出ても地球からの連絡が殆どラグ無しで受け取れるのだ。その結果、毎日両親から心配の連絡が来る。

しかし、これならもしかしたらノーフットからの連絡も受け取れるかもしれない。そう希望を持って私は毎日メッセージを確認する様になった。

気付くとタブレットをセットしてから三十分が経過していた。その間に、ノーフットの名前が通知欄に現れる事は無かった。

癖の様にまた溜め息を吐いて、私は操縦席に座る。と、そこで寝室にスペースマップと捜索ノートを置きっぱなしにしていた事を思い出して席を立った。私はこのノーフット捜索の為に、彼から貰っていたスペースマップを持ち出し、更に彼を見つける為に捜索計画を立ててノートに記しておいたのだ。

寝室に着くとすぐに扉が開き、出したままの折り畳み式のベッドの上にあるスペースマップが目に留まる。捜索ノートはマップの下に置いてあった。

それらを手に取り、私はまた操縦室に戻る。

今度は座る前に操縦席の前にあるコントロールパネルの画面を展開し、近くの机にスペースマップを広げた。

マップの上には大きな文字で「惑星ミメーシス軌道マップ」と書かれている。

このミメーシスという、太陽と同じ色の恒星の周りを周回する地球より少し大きな惑星こそ、ノーフットが惑星探査に出かけて行方不明になった星だ。

マップには丁寧に太陽系も載っており、更にノーフットが色々とメモ書きなんかをしてくれていたおかげで、学者じゃない私でもどの方向に進めばミメーシスがあるのかよくわかった。

今度はノートを開き、ミメーシスの特徴を確認する。ノーフットが出発以前に嬉々として解説してくれたミメーシスの特徴、彼の同僚から貰ったミメーシスの写真、それらを元に彼が取り残されたミメーシスを探す。

ただし問題がある。まだ宇宙船がミメーシスを見つけられる程、目的地に近付いていないのだ。

お父さんのキャンピングシップはかなり最新型らしいけど、あくまでも民間に出回るレジャー用の宇宙船。空間転移装置はついているが一度の空間転移で移動できる距離はそう長くないのだ。

ノーフットが乗って行ったであろう探査船は、一度の空間転移で五百光年移動できるらしい。それに比べて私が乗っているキャンピングシップは一度の空間転移で五光年しか進めない。彼がミメーシスに行ったであろう時よりずっと時間がかかる。

しかも私は宇宙船の操縦方法を知っているだけの免許を持っていない学生。繰り返される空間転移の途中でミメーシスまでの軌道からズレているかもしれない。そうなれば彼を見つけるのは愚か、自分が太陽系に帰る事すら叶わないかもしれない。

あらぬ方向へ飛んでいるかもしれない不安、帰れないかもしれない恐怖。何より、ノーフットにもう会えないかもしれない事が怖い。

机の上に放置されていたマグカップが目に留まる。内側には紅茶の茶渋がくっきり付いている。

彼を探す為に大胆にも親に黙って、振り返りもせず太陽系を出て来た癖に、今更になって怖がっている自分に苛々する。

ノーフットの安否、両親からの心配、独りぼっちの宇宙船内。

頭の中が急にゴチャゴチャと不安で溢れ返り、沈黙の中聞こえてくる耳鳴りが更に恐怖を煽る。気持ち悪くなり、泣き出しそうになった時。


―――ピコンッ!


身体がビクッと跳ね、音の聞こえた操縦席の方へ勢いよく振り返る。

充電スタンドのタブレットにメッセージ通知が来ている。

私は慌ててタブレットまで駆け寄り画面を開くと、すぐにメッセージアプリを開いた。新規メッセージの相手は…お母さんだった。

私は深く息を吐くと、項垂れて膝を着いた。

また、ノーフットからのメッセージではなかった…。

ポタポタと涙が膝に滴り落ち、それがどんどん増えてタイツを濡らしていく。

あとどれだけ独りぼっちでこの宇宙を彷徨えば良い?

あとどれだけ暗闇の空間を突き進めば彼に会える?

寂しい…寂しいよ…。

いつになったら、私のメッセージに返信してくれるの…ノーフット。

私の心はもう崖っぷちだった。いつ挫けてもおかしくなかった。

弱々しく操縦席の背凭れを拳で叩く。

ベッドに入って眠ろうか。もしかしたら、これは悪い夢かもしれない。

本当はまだ私は火星軌道上のスペースコロニーにある自宅で寝ていて、起きたらお母さんもお父さんも居て、すぐ会える距離にノーフットも居る。もしかしたら、ノーフットが探査船でミメーシスに向かった時点で夢の中だったのかもしれない。

今からベッドに入れば、夢から覚めて彼に会える。

私は虚ろな眼差しでゆっくり立ち上がると、フラフラと扉の方へ向かった。プシューという音と共に扉が開き、私は廊下に出る。

「…ノーフッド…ゲホッ、ノー…ノーフットォ…ノーフットォ!」

歩いているうちに流れる涙はどんどん増えていき、ついに私は声を上げて泣き出した。久しぶりに自分の口から出た声は酷くガサガサに掠れており、声を上げる毎に咳が出る。喉も酷く痛かった。

それでも、私はノーフットを呼びながら泣いた。廊下をトボトボ歩きながら、ガサガサの酷い声で呼び続ける。泣き続ける。

「ノーフットォ!ノーフットォ!ゴホッゴホッ!ノーフットォ!あああ…!」

碌に足元も見ずに歩いていた所為だろうか。私は何もない廊下のど真ん中で転んだ。

思いきり倒れ込み、床に顔面をぶつけてしまう。

呻き声を上げ、がなり立てる様に叫ぶ。拳を床に叩きつけ、その痛みにまた呻く。

やがて啜り泣く小さな声に成り果て、訴えかける様に再びノーフットを呼んだ。

「寂しいよ…ノーフットォ…」

私はしばらく廊下に這い蹲って、ノーフットが孤独から助けに来るのを待った。しかし、いくら待ってもノーフットは来ないから、そのうち自分で立ち上がって寝室に向かった。

寝室に辿り着くと、部屋の電気は点けっぱなしだった。さっきマップとノートを取りに来た時消し忘れた様だ。

フラフラと部屋に入り、ベッドの前まで来るとバタリと倒れ込む。そして、下手な人形師がマリオネットを動かしているみたいに、無気力に掛け布団を引き寄せ、その中に身を丸め込む。

目を閉じ、耳を塞ぐみたいに頭を抱え、眠りについた。


―――ブーッ!

―――ブーッ!

―――ブーッ!


どれくらい目を瞑っていただろう。

何かが腰の方で震えている。

腰の、スカートの左側のポケットの中で。


―――ブーッ!


煩い。私はもう疲れた。

今更、お母さんやお父さんから帰ってこいと言われても帰れる自信は無い。

好きな歌手の新曲の通知だとしても、聴く気になれない。

ノーフットは…きっともう…。


―――ブーッ!


ノーフットはもう…。


―――ブーッ!


ノーフットは…。


―――ブーッ!


…。

私は布団に包まったまま身動ぎ、何度も身体の向きを変える。そして、いい加減眠れないとポケットの中のスマートフォンを取り出し、通知欄を確認した。

メッセージアプリの通知だった。

私はもう期待していなかった。けれど、とりあえず画面のロックを解除して誰からなのか確認する。

確認して私は、再び泣き出した。

ロックを解除して通知欄に見えたのは「ノーフット」だった。

私の喉から、老婆の様に掠れた声が漏れだす。

そのメッセージは、まぎれもなくノーフットからのメッセージだった。

私は布団で顔を雑に拭うと、もう一度画面を確認した。何度確認しても画面には「ノーフット」と表示されている。

私はベッドから飛び上がると、足を滑らせ床に転がり落ちた。しかし、そんな事を意にも介さず立ち上がりメッセージアプリを開いた。


ノーフット―――ブルースター、メッセージが見える?僕のメッセージが届いているなら返事をしてほしい。

ノーフット―――今、ミメーシスからメッセージを飛ばしている。

ノーフット―――お願い、見えているなら返事をしてほしい。

ノーフット―――頼むから返事をして。僕は生きてるよ。

ノーフット―――僕は死んでない…生きてるよ…。


私はアプリのアカウントの欄を見た。さっきまでノーフットのアカウントはオフラインだったのが、今はオンラインになっている。

私は居てもたってもいられずメッセージを返した。


ブルースター―――ノーフット!

ノーフット―――ブルースター!

ノーフット―――やった!届いたんだ!良かった!

ブルースター―――ホントにノーフットなんだよね?生きてるんだよね?

ノーフット―――生きてるよ!僕は生きてる!脱出船に置いて行かれてからずっと一人で生き延びてきた!

ブルースター―――良かった…やっぱり死んでなんかいなかった…。

ノーフット―――あの後すぐ事故にあったんだって理解した。基地に戻ったら脱出船はもう無くて、基地からステーションに連絡しても返事が無くて、置いて行かれたと察した。

ノーフット―――そっちではどうなってる?捜索隊は出なかったの?

ブルースター―――こっちではあなたの生存が期待できないとかでステーションが撤退したって聞いたの。


しばらくの間、返信が途絶える。


ノーフット―――ステーションが撤退したから、通信が届かなかったのか…。

ノーフット―――ステーションが居なくなって、太陽系まで通信を飛ばす中継地点も無くなったから、こっちから救難信号も届かない…。


私は返信に迷った。恐らく彼は絶望的な心境にある。

どうにかしなきゃと、頭を悩ませているうちに追ってメッセージが来た。


ノーフット―――ブルースター。

ノーフット―――今、どこにいる?


そのメッセージで、彼が何を考えているのか察することができた。

私は少しの間送信を躊躇った。


ブルースター―――太陽系からミメーシスの間のどこか…。

ノーフット―――どうして?


胸が締め付けられる。

正直なところ、私がここまで来たのはノーフットの為と断言できなかった。

私がここまで来たのは、私がノーフットを失いたくなかったからだ。ノーフットが死んだなんて思いたくなかった。

ノーフットはおっとりしていて優しい性格だ。けど優しいからこそ怒る時は雷の様に怒る。

私がたった一人で探しに来たなんて言えば、これまでに無い程怒られるかもしれない。

「なんて危険な事をしているんだ」と、或いは「僕の所為で危険な目に会わせた」と嘆いて会ってくれなくなるかもしれない。

私は悩んだ。そして、正直に答える事にした。

今、友達に嘘は言いたくない。


ブルースター―――君を探しにお父さんのキャンピングシップを勝手に借りて飛んできた。

ブルースター―――…一人で。


長い時間、返信が来なかった。怒らせたのだと確信して、私はまた泣いていた。しかし…。


ノーフット―――ブルースター、助けに来てくれてありがとう。


そのメッセージで、私の心を締め付けていた硬い何かが解けるのを感じた。

そして、続けて一言メッセージが送られてきた。


ノーフット―――ブルースター、君に会いたい。


それを見て、私はすぐに一言返して操縦室に向かった。


ブルースター―――今、会いに行くね。


操縦室に向かう途中、シャワー室に寄った。約二年ぶりに大事な友達に会うのに、涙でグショグショな顔では恥ずかしかった。

緩やかなシャワーを顔に浴びながら、ノーフットの顔が脳裏に過ぎる。温かいお湯で顔を擦って洗い、シャワー室を出て脱衣所の鏡を見て、ノーフットの事が好きだと気付いた。

彼が行方不明になったと聞いた日、彼を想って泣いた夜、彼が生きていると信じて宇宙船を出したあの瞬間、彼を探して、求めて宇宙を彷徨った約一年半の独りぼっちの日々。

きっと、彼を探しに出なければ私は何もできなくなっていた。生きていけなかった。

このどうしようもなく寂しい、どうしようもなく苦しい、この感情こそ恋だと知った。


会いに行かなきゃ。


もう迷わない。彼は、ノーフットは生きている。

私は彼と一緒に帰るんだ。

決意をし、改めて鏡と向き合った私にもう恐れは無かった。

身体を拭き、服を着る時に使い回していたタイツが伝線している事に気付き、新しいタイツを引っ張り出した。

操縦室に向かうとタブレットにノーフットからのメッセージが来ていた。ノーフットと連絡を取り合い、具体的な宇宙船の位置を割り出す。そして、正確に向かう方向を定めて、私は空間転移の準備をした。

この時に気付いたけど、ノーフットからメッセージが届く様になってから、代わりにお母さんからのメッセージが届かなくなっていた。

転移の直前にノーフットから一言送られてくる。


ノーフット―――ここで待ってるよ、君の事。


その一言を見て、私は空間転移装置のスイッチを入れた。

空間転移が始まる。その瞬間、目の前の宇宙空間が鋭い光を発したかと思うと、その光はゆっくりと広がり、同時に中心から空間が丸く歪み始める。歪みは円のまま近付いてきて、まるでその円に宇宙船が飛び込むみたいに周囲を歪んだ光の線が包み込んだ。

船全体から強い揺れが私の身体に伝わってくる。同時に身体が前後に引き延ばされるかの様な感覚がグワンと一気にやってくる。

その感覚に耐えながら、私は操縦桿を強く握り絞め、歯を食い縛った。

やがて空間転移が終わると共に、さっきの反動かの様に今度は前後に縮む様な感覚が襲ってくる。気持ち悪さに目を眩ませた時、操縦席のコントロールパネルがピコンッと音を立てた。見ると宇宙船で検知できる距離にミメーシスが発見できた。


ブルースター―――見えたよ!ミメーシスが見えた!

ブルースター―――今から迎えに行くね。


メッセージを送り、私はすぐにミメーシスに向かう。

もうすぐでノーフットに会える。

もうすぐ、この宇宙での孤独が終わる。

それから三十分もしないうちに緑と青のまだら模様の惑星が視界に映った。

すぐにその惑星目掛けて飛び、気付いた時には星との距離が高さに変わるその曖昧な境界線を越えて、お父さんのキャンピングシップは地上がしっかり見える高さまで降下していた。

私は必至になってノーフットが居る筈の研究基地を探して飛び回る。

ミメーシスの地上は緑色の植物で覆われていて、所々に青々とした水辺もあって、地球の環境を模して造られたスペースコロニーの自然公園の様に爽やかなものを感じさせた。

やがて遠くに大きく白いドーム状の建造物を見つけ、その近くまで飛び、芝生の上にキャンピングシップを着陸させる。

かつて嬉々としてミメーシスの解説をしてくれたノーフットの話で、ミメーシスには人間が生身で活動できる様な酸素などの大気が存在していると分かっていた。

キャンピングシップのエンジンを止め、私は何も持たずに外に飛び出した。

外に出ると仄かに温かい空気が身を包み、芝生はコロニーの公園に生えているものと瓜二つだった。

私はゆっくりと歩いてドーム状の建造物に近づく。芝生と水辺によって緑と青のまだら模様になった地上にどっしりとした存在感を放つ建造物、その下方部の一部分が開いた。

私は、その開いたところに這い蹲っていた人影を見るなり駆けだした。そこに居たのはまさしく、私が太陽系を離れ遠い惑星まで来る理由になった人物。

ノーフットだった。

近くまで駆け寄った私は速度を緩めて、相手を注意深く確かめる様に見つめる。相手も同じ様に近くまで駈け寄ってきた私を確かめる様にじっくり見つめていた。

「ノ…ノーフット…」

私は自分の口から未だガサガサと掠れた声が出た事に戸惑い、同時に酷い咳に見舞われた。しかし、それは彼も同じだった。

「ブルースター…」と彼が言った途端、彼の口から酷い咳が出る。お互いに約一年半、孤独に過ごしてきたから、久々に声を出す事に喉がついて来れなかったのだ。

咳が治まり、再びお互いを見つめ合う。

私は彼のすぐ傍まで近付いて、また確かめる様に這い蹲る彼の手に触れた。そして恐る恐るお互いの手を握る。その時点でもう既に感極まって涙が溢れていた。

「ノーフット…ノーフットォ…あ、会いたかった…」

私も彼も涙でグショグショになり、あまりの感情の爆発に戸惑いながら、ゆっくりとお互いを抱き締めた。

「幻なら消えないでくれ…夢なら覚めないでくれ…今見える君が、僕の頭が狂って見えてる虚像でも良い…ずっと君に会いたかった…」

「私も会いたかった…幻なんかじゃない…夢なんかじゃないよ…」

そうして私達は泣いた。泣きながら、再び会えた事を涙で喜んだ。何度もお互いを呼びながら、しばらく泣き続けた。

「帰ろう…家に帰ろう…」

ひとしきり泣いた後で彼から知らされたのだけど、ノーフットは元々動かせなかった右足に続き、事故での負傷で左足が動かなくなってしまったらしい。その為、約一年半の間這い蹲って過ごして来たそうな。

ノーフットの身体は重かったけど、私は進んで彼を負ぶってキャンピングシップまで連れて行った。

その後、ノーフットの指示に従って基地から食料や燃料を積み込んで、帰りの操縦は彼に任せる事になり、ノーフットをコントロールパネル前の操縦席まで連れて行った。そうして、私達はミメーシスを後にした。

ミメーシスを出発して最初の空間転移の後、助手席にいる私に向かって彼が言った。

「ミメーシスに取り残された間、君に会えなくなるのが一番怖かった。」

「うん…。」

「這い蹲って、通信装置から救難信号を打ってる時、君の顔が脳裏に過ぎった。」

「うん…。」

「…その時、君を好きだと気付いた。」

「…。」

「君に会えなくなるなんて嫌だと、そう思ってこの感情こそ恋だと知った。」

「…。」

「…会いに来てくれて、ありがとう。」

しばらくの間、静かで、優しい時間が流れ、私が口を開いた。

「君の行方不明を知らされた時、君に会えなくなるのが一番怖かった。」

「ああ…。」

「君からメッセージが来て、君のところに向かう時、シャワーを浴びながら君の顔が脳裏に過ぎった。」

「うん…。」

「シャワー室を出て、鏡を見て、君を好きだと気付いた。」

「うん…。」

「君が居なくなったら何もできない、そう思ってこの感情こそ恋だと知った。」

「そっか…。」

私の目から、今日何度目かの涙が溢れる。

「生きて…生きて待っててくれて…ありがとう…。」

また泣き出した私にノーフットはいつもの優しい、本当に優しい笑顔でもう一度言ってくれた。

「ブルースター、会いに来てくれて、ありがとう。」


―――完

愛する人が居て、もしその人が何処かで独り助けを求めているなら、例え暗闇の中を数年彷徨う事になっても助けに行きたい。私はそう思います。

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