⑤順調で不穏な学園生活の始まり
学園生活が始まり、交流が減ると心配していたのも束の間。
「先触れなく急にお尋ねした無礼、どうかお許しください」
王都に戻ってひと月も経たないうちに、ザカライア様がタウンハウスに現れた。
「今日は王都に用事がありまして。 そその、少し時間が空いただけなのですが、気付けばこちらに……一目お会いできれば、と」
「まあ……」
予定外の来訪と、告白のような言葉。
彼自身予定外だったのか、ややバツの悪そうな申し訳なさそうな表情をしながらも、チラとこちらを見ては頬を染め、そわそわと眼鏡を押し上げる。
そんなザカライア様を見た私の頬も、きっと紅く染まっているに違いない。
手紙には『流石に今までのようにとはいかないが、なるべく交流を設ける』『王都の利点を活かし、どこかへ出掛けよう』といった旨が記されていた。今までの茶会とは違い行楽デートなので楽しみにしていたのだが、それはそれ。
私は頭を下げて帰ろうとするザカライア様を引き留め、家人にお茶を用意するよう指示した。
「あの……いらしてくれて嬉しいです。 お時間がまだあるなら、是非」
家だろうが僅かな時間だろうが、やっぱり会えることが一番嬉しい。
「学園生活は順調ですか?」
「ええ。 公爵様のお気遣いのお陰です。 それに、婚約者変更も周知されているようで」
結果的に、ホレスがあの夜会に友人を沢山呼んでいたことが良かった。中央の一部と南部貴族には大体知れ渡った模様。
「……ホレス様に変化はございました?」
「ええ」
ホレスは大人しく罰を受けているらしい。
ザカライア様に言わせると、彼の知る兄に戻った感じなのだそう。
「悪友と離したのは正解でした。 ただ……男爵令嬢がまだ」
「なにか問題を?」
「いいえ。 差し入れとかをしに来ているだけで、特には。 正直に申しますと、私が彼女を好ましく思わないだけなのです」
「そうなのですね。 私も彼女のことはあまりよく知らなくて……お役に立てなくてごめんなさい」
あの後知ったが、男爵令嬢はメイプル・プルートというそう。
彼女について、私は未だに『あらやだ、名前までプルプルじゃないの』くらいの認識しかしていない。
彼女は学園にも来ているようだけれど、特にこちらに接触してくることもなかった。
代わりに──
「あ、そうだわ。 三下……ゲフンゲフン、あの夜の三人のうちひとりが、私に謝罪をしてきたのです」
「えっ?」
それは新学期が始まってすぐのこと。
三下トリオも何事もなかったように平然と学園に通ってきていたものの、流石に中心に据えていたホレスがいなくなったからかトリオは解散……別々に過ごすようになっていた。
「人目の付くカフェに、個人名の記載された手紙で呼び出されたので、応じましたの」
彼等はいずれも低位貴族。
たかっていた(※ザカライアの話からの憶測)のが一応品行は方正な方のホレスだったからか、学園内ではそこまで目立つ程の悪さをしておらず、精々不真面目だとかサボるとか、その程度。
ホレスと同じで顔だけはいい為チャラくはあったけれど、ザカライア様も牽制で我に返ると判断した通り、基本的に小物で身分差は弁えている。
だがあの夜の暴挙が酒のせいにせよ、弱い立場の者には強く出ている可能性は充分に考えられた。
「そこで謝罪を受けましたが、『今回はホレス様の顔を立て不問にはするにせよ、受け入れる気はない』と。 狭量でしたかしら?」
「いいえ、当然の判断です。 むしろ怖い思いをなさったのに、毅然とした態度を取られたことに感服致します」
「えっ、いえそんな……」
(襲われかけたのだもの、確かに普通の令嬢なら怖がるところかも)
そんな風に思い動揺する私を余所に、ザカライア様は心配そう。私の判断を褒める言葉とは裏腹に、とても苦々しい表情でいる。
(ヤダーすっごく心配されてるぅー!?)
申し訳ないのにそれに安堵するだけでなく、心配されることを嬉しく思ってキュンキュンしてしまう自分がいるのが、また更に申し訳ない。
考えてみれば、私は気が強く顔がキツい為、今まであまり他人から心配をされたことがなかった。
(ちょっとプルプル嬢がプルプルする気持ちがわかっちゃった気がするわァ~!)
思いのほか『か弱い女子扱い』、嬉しい。
結構……いや、かなり。
「その彼の名はなんと?」
「えっ! ええと、確かウェイン男爵令息……フレドリック・ウェインですわ」
フレドリック・ウェイン。
三下トリオの中では一番成績も素行も良く、いい意味で最も目立たない男だ。
「下品な言い方ですが、『平民上がりの庶子』と誰かが……謝罪の際の態度は紳士的でした。 庇うワケではありませんが、立場上逆らえなかった、というのはあるかもしれません」
特に弁明する様子もなく、『自分が言えたことでもないが』と前置きした上で『他のふたりが、ホレスの失脚に不満を抱いている』『逆恨みして何かしてくる可能性があるから、気を付けて欲しい』と私に注意喚起までしてくれたのだ。
謝罪は受け入れなかったし、庇う気もないものの、多少印象が良くなったのは事実。
彼の言ったことを伝えると、ザカライア様は益々難しい顔になってしまった。
「──キャスリーン嬢、貴女はお優しい方だ。 ですがどうか、兄の周囲にいた者達を信用は勿論、できれば近付かないで頂きたい」
私に真剣な顔を向けた彼は、懇願するようにそっと手を取り、そう言う。
最高に眼鏡が似合う。
私は違う意味で動揺した。
「……貴女が心配なのです」
動揺しまくった。
「え、ええ……それはもう。 あんなことがあったのですもの、私も近付きたくありませんわ!」
──嘘だった。
『もし本当に、弱い立場の人に理不尽な行為をしていたなら、今度こそ現場を押さえ社会的に終わらせてやる』と思っていたので。
なんなら『それが高貴なる者の義務……!』という言い訳と共に、内緒で調べようかと思っていたので。
ザカライア様がホレスを兄として大事に思っていることや、私を大事にしてくれることがわかるだけに、彼の負担を軽減するべく懸念材料をコッソリ排除したかったのだ。
(なんでも話し合おう、と言ってしまったから謝罪の件は話したけれど……)
『なんでも話し合う』とは言っても、所詮それは姿勢の話であって。
実際にそうできるかというと無理だし、それを求めているワケでもない。
その姿勢の目的は、信頼関係構築の為の透明性の保持と、相互理解や意思の疎通などだろう。
ただしばしば、それよりも優先すべきことがあるときはある。
結局のところ、都度の取捨選択なのだが──
(あぁ~ん! やっぱり話すべきじゃなかったかしらぁぁ?!)
私はそれが下手くそであった。




