④父からのお説教と素敵眼鏡の献身
「本当にいいのか? キャシー」
「ええ。 お父様こそ契約の方は大丈夫でして?」
「それは元より問題ない。 そんなことより、ヒョロウザ眼鏡の処遇だが、アレでいいのか?」
普通に常識人であった侯爵様は最初から平身低頭で、『暫定処置として、ホレスはキャスリーン嬢が卒業するまでの間は休学(※留年決定)。 当面、監視を付けながら事業の末端である道路の石並べをやらせる』と仰っていた。
内輪のパーティーだったことに助けられたかたちだ。
一応更生も視野に入れているものの、態度によっては廃嫡も辞さないという。
「ええ、妥当じゃないかしら? 別に不幸になってほしいワケでもないし」
ザカライア様にときめいている今や、滅茶苦茶腹立たしい気持ちはなくなっている。
しかも一応義兄になる相手で、なにより夫となる男性の大切な兄だ。更生できるならその方がいい。
そう言うと、父は呆れた表情をして、溜息を吐く。
「別にザカライア殿が悪い男とは思っていないが……お前は詰めが甘いから」
「まあ! そんなことなくてよ!?」
「この間、ウッカリ馬車を待たなければならなくなった奴が何を吐かすか。 証言を頼んだ際、友人の馬車を借りればよかろうものを」
「うっ」
「あと男前にも弱いしなぁ」
「ぐぬぬ……」
それは否定できぬ。
ただ、『男前ならヨシ!』ということはないと、既にホレスでわかっている。
しかし『警戒心と分析力が足りない』と言われてしまえば、やはりそれも否定できない。
「お前は契約をわかっているつもりだっただろうが、婚約はあくまでも関係性の強化に過ぎん。 別にいつでも解消できたのだよ」
「そ、そうなの……!?」
両家を結ぶこの婚姻の主となる契約は、格上相手である侯爵家の行う、道路事業の一部範囲を担う提携と、その為のこちらへの融資。
それだけに婚約解消は難しいものと思っていた。
「やはり詰めが甘い。 勉強はしているようだが、ウチの特産と経済状況、そして位置が抜けとるだろうが」
「えっ」
事業提携による利益を含め、それに伴う経済効果──と、確かにこちらに利幅の大きい話なものの、この領の特産である王家御用達の葡萄酒によりそこそこ潤っているウチは、直接的に事業に関わらなくても特に困らないどころか、結局侯爵家の事業による経済効果の恩恵を受けるそう。
そして元々、王都から辺境までを繋ぐ物流のルート上、位置的にウチは絶対的な優位にあり、交渉が必要だったのは侯爵家側だと言う。
「もっとも侯爵家の方も別にただこちらを優遇するだけではない。 契約内容にある一部の譲渡や融資も、長い目で見た時ウチに任せる方が侯爵家としても純利益が多く見込めるから……つまり契約上は対等だ。 お前だって侯爵様に息子の嫁として望まれていることはわかっていた癖に、多方、契約がデカ過ぎて『政略結婚』というのが頭から消えなかったんだろう?」
「そ、そうかもしれません……」
意識はしていなかったが、多分そうなのだろう。
「となると侯爵様は何故、私をお望みなんでしょうか?」
「それもわからんと?」
「──いえ……」
私はこの通りの凡人だが、唯一、人より凄い力を持っている。
この国で『天賦の才』と呼ばれる特殊能力だ。他国では『加護』と呼ばれる場合もあるそう。
『ギフト』は悪意を以て利用されかねないだけに、公にするような事柄がなければ秘匿するのが普通。実際、王家と一部の神官と両親しか知らず、情報を流布すれば厳しい罰もある。
なので確かめることは難しいけれど──
(おそらく侯爵様はこの『ギフト』のことをどこからか聞いて、私をお求めなのよね)
「思い当たることはありますが……理由はわかりません」
「そうか、まあそうだろう。 う~ん、強いて言うなら『漢の浪漫』だろうなぁ」
「はぁ……?」
「わからんでもいい。 それよりも、ザカライア殿だ。 お前の見る目を疑うわけではないが、詰めが甘いわ男前にも甘いわ、そもそもせっかちで大体の認識が甘い。 結婚までは絶対に秘匿しておけよ! いいな?」
「……はい」
父は結局のところ、それを強く言いたかったのだろう。だがこれだけ自らの甘さを自覚させられては、ぐうの音も出ない。
色々反省させられた。
にもかかわらず、私はこの後更に自身の甘さを痛感させられ、悩むことになる。
休暇中、ザカライア様からの手紙は頻繁に届き、度々交流の為に足を運んでくれた。
「お忙しいのにいつもありがとうございます」
「いえ……」
ザカライア様はほんのり染めた頬を隠すように眼鏡を上げる。
「継嗣としてまだまだ至らず、荷が買っているとすら感じる私ですが……貴女のような素敵な女性の婚約者になれたことは、とても、その、嬉しいのです」
「まあ……」
「大切にします──あっ、ですが女性の気持ちには疎く、気付かないことも多いかと! できればなんでも仰って頂けると……!」
「うふふ、嬉しいですわ。 私にもそうしてくださいませ、なんでも話し合いましょう」
『無くて七癖』は正しく、彼は照れると眼鏡を上げて誤魔化すようだ。
だがそれが抜群に可愛いらしい。
その後「コレを……」と彼が差し出したのは、ブローチだった。
「まあ……素敵!」
「新たに開発した護身用の魔道具です。 私のタイピンと揃いで対になっており、この飾りを押すとある程度の範囲までは連絡が取れる仕組みになっています。 他にも考えているのですが、間に合わず……あっ、気持ち悪いでしょうか? その、場所を把握するような……」
「いいえ嬉しいですわ、ありがとうございます! ふふ、それにとても綺麗」
私の言葉に、彼は安堵したようだ。
──三下に襲われかけたことと、証拠が不十分で処罰できなかったことを彼はとても気にしている。
だがただでさえ立場が代わり忙しい中、頻繁に会いに来てくれるだけでも大変なのに、魔道具開発までしているとなると相当な負担だろう。
心配してくれるのは嬉しいものの、彼の身体の方が余程心配。
(ホレスの様子も見に行っているみたいだし。 私なら大丈夫なのに……)
私は自身のギフト故に、大概の危機的状況は切り抜けられる自信がある。
襲われかけた際した覚悟も、穢されることや操立ての自死とかへではない。
力を使うことへの、だ。
(お父様の言うことはもっともで、結婚するまでは隠しておくべき……でも)
『なんでも話し合おう』とつい口にしてしまったのもあり、罪悪感が凄い。
ホレスの時には感じなかった悩みだ。
長いとは言えない休暇。
再びできた婚約者であるザカライア様は、想像していたよりも沢山の交流を重ね、心を砕いてくれた。
私が想像以上に彼を好ましく思うようになるのは、当然で──別れを惜しみながら、卒業まで半年残る学園生活の為、私は王都へと戻った。




