③再会と婚約者変更
(控え目な方……)
もっと話したかった──そう残念に思いながらも、心身共に温めてくれた彼の上着は私の肩。
名前も聞けなかったけれど、見た目から類縁なのは間違いない。また会うチャンスはあると見た。
それよりまずは婚約破棄だ。
家に着くと、父は大変憤慨していた。
「ヘルソン侯爵が不在なのをいいことに婚約破棄とは! あのヒョロウザ眼鏡め!!」
やはり父の中でもホレスは『ヒョロウザ眼鏡』だったらしい。
皆の方が私より辛辣だった件。
「まあ契約内容の変更については侯爵の出方次第だが、あの馬鹿との婚約はなくなるだろう。 きっちり証言者も確保したのはよくやった!」
一転して上機嫌になった父は「ふははははは!」と魔王のように笑っている。
テンションが上がりすぎていて、これ以上話になりそうもないので『ホレスとの婚約がなくなるならまあ……』と私は自室へと戻った。
翌日、早馬で王都の侯爵様から連絡がきた。
そこに書かれていたのは、謝意と『急ぎそちらに向かう』という旨の記された短い文。
それでも王都から馬車、3日程はかかるようだ。
返せなかった上着は綺麗にし、お礼の品を見繕って侯爵様が来た時に渡すことにした。
「キャシー、お前は参加しなくても良いのだぞ?」
「いえ! 私のことでもありますもの!!」
「そ、そうか……なんだか鼻息が荒いなぁ、大人しくしていてくれよ?」
「ええ!!」
「……」
契約の流れ次第ではあるが、家同士の関係は悪くならなさそう。
なので、上手いこと上着の彼のことを聞き出したい私は、話し合いに参戦することにした。
しかし──
「!!」
なんと侯爵様と共に、ご本人がいらっしゃったのである。
(まさか、新たにこの方が婚約者となるだなんて……)
『まさか』と言いつつちょっとだけ期待はしていたけれど、期待以上の展開──
彼はザカライア様というお名前で、類縁どころかなんと、ホレスの双子の弟だった。
ザカライア様は、幼少期にヘルソン侯爵の従兄であるスコット子爵の元へと送られたのだという。
子爵位は侯爵家の従属爵位。
元家令だった現スコット子爵は、授けられた地を自領として治めつつ、侯爵領の管理補佐を担っている。
子が双子だったことから、侯爵様は『兄弟で揉めぬように』と家令を務めていた信頼できる従兄に代理として子爵位を授け、小さくも重要な拠点を領地として宛てがったのだ。
ザカライア様が子爵領へと送られたのは、当然子爵となる予定だからではあったものの、その一方で次期侯爵としてのスペア教育も兼ねていたようだ。
彼は学園には通わず領地で学び、早くから執務に携わっていたらしい。
「道理で存じ上げないと」
「学園には通った方が、という話もあったのですが、折角比べられない環境にいるのに同じ場所にいるのは互いに良くないと、辞退を」
そこまで言ってから、彼は暗い顔をして俯く。
「……学園には行くべきでした。 兄を許せとは言いませんが、本当は気が小さいだけなのです。 しかし悪い友人達に持ち上げられ唆されて、気が付いたらあのように──失礼、今話すようなことではありませんね」
「いえ……」
思い返せば、三下トリオはホレスのことを『ヒョロウザ眼鏡』などと吐かしており、しかも侯爵邸であの暴挙。
ホレスは完全に舐められていた。
(嫌な男ではあったけれど、『気が小さい』か……)
あのウザ眼鏡仕草や暴言は、もしかしたら彼なりの間違った威厳や、虚勢からのモノだったのかもしれない。
日々不愉快だったのは間違いないが、そういえば私自身は、迫られた以外にとりわけ酷いこともされていない。『不貞と婚約破棄があるだろ』と言われればそうだけれど、既に不仲だったし。
アレもやらかした後『謝れなかった結果』と考えたらさもありなん。
(まあ甘ったれなことには違いないけれど、認識の方向性は間違っていたのかも)
ザカライア様のホレス評を聞いて、初めてそう思う。もっとちゃんとわかろうとすれば、違う接し方で矯正も可能だったかもしれない。
(きっと私も彼を色眼鏡で見ていた部分があったのね……)
眼鏡だけに。
と内心で続けてしまったのは仕方ない。
(ただ、アレがホレスの差し金じゃなかったのは良かったわ……あ、)
「──そうだわ、先日はどうやって助けてくださったんですの?」
「ああ、あれは開発中の護身用魔道具で……要は小型拡声器です。 恐怖を感じ、助けを求めたい時に大声を出せる人間は、そういませんから」
侯爵邸内であることやその後の妙な噂への懸念から、騒ぎを大きくしてはいけないと思ったようで、相手が見知った三人であったことから咄嗟に出力を下げて投げ、牽制に使ったそう。
彼は自ら魔道具を制作するらしく、『趣味程度』と言ってはいるものの実際に商品化された物もあるようだ。話している様子から、造詣の深さと情熱が窺える。
なにより、弱い者の視点に立った物であることや、通常とは違う使い方をする機転、そして状況からの的確な判断力。
そして魔道具のことを話す際、目がキラキラしていてとても可愛らしい。
これはもう、ときめきの加速不可避。
しかし、彼の控え目さも想像以上で。
「……キャスリーン嬢には申し訳ない。 見た目もですが……その、退屈でしょう? 私はこの通りつまらない、気の利いたことのひとつも言えない男でして」
私が聞きたいと言って話してもらっていたのに、途中で突如謝罪された。
「ザカライア様とのご縁、嬉しく思いますわ。 魔道具のお話もとっても楽しいです」
「そう仰ってくださるお陰で、私も父も……そして兄も助かりました」
そう、何故か侯爵様は私を嫁としてご所望らしい。故の婚約者変更でもある。
父はホレスにソックリなザカライア様を見て、婚約者変更を渋っていた。
だが昨夜のことを話してお礼と共に上着を返したところ態度は軟化し、最終的に私の判断に委ねられ今に至る。
「改めてありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ改めて。 あの時はありがとうございます」
お礼を言い合い、互いにはにかむ。
ときめきは加速しているのに、不思議と穏やかな気持ちでもある。
きっとこの方となら、上手くやっていける……確信に似た気持ちでそう思う。




