②新たな眼鏡(の男性)との出会い
ひとり庭園に出た私の身体に、夜風が冷たく吹き付ける。
なんでまだ侯爵邸敷地内にいるのかって言うと。
私とてさっさと帰りたいのだが、従兄を帰した為に、馬車が戻ってくるまでは待つしかないのである。
そしてパーティーホールでウザ眼鏡(※最早この表記)に見付かろうモノなら、全国津々浦々の眼鏡スキーを冒涜するようなウザ眼鏡仕草と共にドえらいドヤ顔で『おやおやァ? まだこんなところにいるだなんて、余程僕に未練タラタラと見えるなァ~』とかなんとか言われるに違いないので、外に出るよりなかったのだ。
(つーか今日寒くない?! くっ、風邪引いたら治療費も併せて請求してやるんだから!)
今や、先程の男爵令嬢の如くプルプルしている私。
今思うと、なんであの子は震えてたのかしら。
小説だとああいう場面って、『この方に虐められてたんですぅ!』みたいな震える理由があるものなのに、ほぼウザ眼鏡の独断場だったし。
トイレにでも行きたかったのかしら?
余計な思索をしながら歩き、寒さを紛らわせていると、四阿が見えて足を止める。
そこにはウザ眼鏡に相応しいアレなタイプの、奴の友人共がたむろしていたからだ。
「おや~、どこの美少女かと思いきや、プラウス嬢じゃないですか~♪」
身の危険を感じ、急いでその場から離れようとしたが、ひとりが素早く回り込み、退路を塞ぐ。あっという間に囲まれてしまった。
「一緒に飲みましょうよ~」
(うわっ酒臭ッ!)
近付かれてわかる、馬鹿三人の酒臭さ。
「いやぁプラウス嬢、間近で見るとやっぱり可愛いなァ~」
「それ以上近付かないで!」
「おお~、流石に気が強い」
「いいねェ。 俺、ホレスと違って気が強い女が好みなんだよな」
「どうです俺なんて。 あんなヒョロウザ眼鏡と違って満足させてあげますよ!」
『ホレス』という敬称略からの『ヒョロウザ眼鏡』……なんと私が心で呼んでいたよりも更に酷い渾名。
友人と思しき奴等にもウザ眼鏡が実は好かれてなかったことが判明したが、それはさておき貞操の危機。
私もいよいよ覚悟を決めた、その時──
「やめろ……!」
「!」
「「「!?」」」
なんと、期待してなかった助けが現れたようである。
「……?」
「ん?」
「な、なんだ?」
と、思いきや。
バーンと登場どころか声のした方には誰もいない。
しかし申し訳程度のライトアップをした薄暗い庭園に響く、謎の声。
流石は三下、その不気味さは奴等が怯むのには充分だった様子。
「婦女子に乱暴狼藉を働こうとは……許し難い……」
また別方向からの声。
「「「ヒィッ……!」」」
いよいよ三下はビビリ散らかし、各々か細い叫び声を上げながら逃げ出した。
(なんだったの……?)
「プラウス嬢……怖がらせてすみません」
申し訳なさそうに木の影から出てきたのは、なんと、ヒョロウザ眼鏡(※採用した)──
(じゃ、ない……?)
いや、確かに外見はヒョロいし、顔だけはいいあのウザ眼鏡野郎とソックリなのだけれど。
あの不快な眼鏡仕草と共に、醸し出されるウザさが感じられない。
「怖かったでしょう、こんなに震えて……」
しかも謎のソックリさんは、こちらを慮る言葉を掛けた上に、上着を脱ぎ私の肩に掛けてくれたのだ。
まあ震えてるのは寒さからなんだけど。
温かい上着からは、ウザい方の着けている金持ちのオッサンっぽい香水の匂いの代わりに、クロゼットにずっと入っていたかのような、虫除けのポプリ特有の匂いが微かにするのみ。
私の視線に気付いた彼は、気まずげに目を逸らし、眼鏡を押し上げる。
「あ、あの……貴方は……」
「! 失礼プラウス嬢、ホレスがやってきます……急いでこちらへ!」
そう言うと彼は私の腕を引き、自分の身で隠すようにしながら早足で庭を進んでいく。
──トゥンク♡
(なんて素敵な方なのかしら……眼鏡がお似合いで……はっ!)
若干の既視感。
──には素早く蓋をする。
それよりも、このときめきだ。もう眼鏡紳士にはときめけないと思っていたというのに。
「さぞ恐ろしかったでしょう、今馬車を」
「い、いえ! もう馬車も戻るでしょうから、入口で待つことにします。 でもその、ふ不安なので……一緒にいて頂いても?」
実際は全く不安でもないけれど。
私はまだ身体がプルプルしているのに乗じ、庇護欲をそそらんとばかりの上目遣いで彼にそう尋ねる。
参考、男爵令嬢。協力、寒さ。
人生なにが役に立つかわからないわね!
「勿論です。 ですがあの……ご不快では? 自分の顔はこの通り、ホレスと──」
「まるで似ていませんわ! もっと素敵です!! 確かに造形はあのダ眼が……ゲフンゲフン、あの方とソックリですが、醸される空気というか雰囲気がとても知的で穏やかな」
「プ、プラウス嬢! そそれ以上は……」
「あら……」
ついムキになってしまったわ。
「で、ですがあの、ありがとうございます……」
照れたらしい彼は途中で言葉を遮り、ひっきりなしに眼鏡を触るが、その仕草からは初心な成人男性の可愛らしさしか感じられない。
(本当にソックリ……なのに何もかも違うわ)
「──馬車が来たようだ。 ではお気をつけて」
「あっ……」
ホレスそっくりな見目を気にしたのか、上着を返さないうちに彼はサッと居なくなってしまった。




