①ウザ眼鏡とオサラバ
「キャスリーン・プラウス! 貴様との婚約を破棄する!」
学園の長期休暇中。
領地に戻った私が招かれた侯爵家のパーティーで、そう宣ったのは主催者であり私の婚約者であるホレス・ヘルソン。
彼の腕には、不安げにプルプルと震える男爵令嬢が、絡まった蔦のようにひっついている。
彼と私は不仲だったとはいえ、婚約は契約。
不貞を働いた挙句、こうして公の場で『婚約破棄』などを告げてきたホレス──なんて腹立たしい男か。
だが、不貞だの婚約破棄宣言だのよりも、なにが一番腹立たしいって、先程の台詞を吐かした時の奴の動きである。
『キャスリーン』の部分でやや俯きがちに眼鏡の中央に中指を押し当てつつ、『プラウス!』で顎を突き出すように顔を上げると共に、眼鏡をクイッ。
『貴様との婚約を破棄する!』でその中指に人差し指を添えるかたちでシュビッと突き出すように私を指さしたのだ。
人を指さすな、というツッコミだけでは足らぬ、なんなら『よろしくゥ!』みたいなご機嫌な動き。
控え目に言って……ウザい。
──だがチャンスではある。
「まあ、私にどんな瑕疵がおありだと?」
「フン。 貴様のような高慢な女、この僕に相応しくない!」
イチイチ眼鏡触んな。ウザい。
「婚約者である私をエスコートせず、そちらのご令嬢をお連れの理由も、それと受け取って宜しくて?」
「ああ。 彼女のような野の花のように控え目でありながら可憐な女性こそが、この僕に相応しい……!」
「やだ、ホレス様ったら……」
なんか『婚約破棄』とか宣っているが、この茶番劇に加え不貞発言。
(ヨシ、これで言質はバッチリね!)
慰謝料をふんだくっての婚約破棄なら、むしろ望むところ。
「婚約破棄、承りましたわ!」
それだけ言うとそこから素早く離れ、エスコートしてくれた従兄に、急いで帰り両親へ報告するよう指示。
このパーティーはホレスの独断らしく、諸々詰めが甘い。私は呼ばれていた友人に声を掛け、その婚約者様にもしもの際の証言をお願いした。直接的に関係のない、格上の公爵家の方。
幸い快く受けてくれたので、もう安心だ。
(ふう……終わったわ……)
思い返せばよく耐えた。
私は眼鏡の似合う殿方が好みであり、『眼鏡の君』というまんまなふたつ名を持つホレスの見た目はまさにドストライク。
しかし、婚約が結ばれた当初こそ『眼鏡がお似合いで素敵だわ!』などと思っていた私が、今やこうしてその整った面と眼鏡に嫌悪感を抱かざるを得ぬ程、奴の動きはデフォルト眼鏡民の嫌な部分を煮詰めに煮詰め『これでもかー!』と言わんばかりに放出するといった類のモノ──
一言で言うと、眼鏡仕草が物凄く不愉快で、どちゃくそウザかったのだ。
だが不愉快であれ、婚約者。
それに『無くて七癖』などと言う。
当初は、頻繁に繰り出される眼鏡を使用した動きからは目を逸らし、なんとか仲良くしようとした。
しかし──
こちらが持て成す為に用意した茶と茶菓子に文句を付け、眼鏡の緣を人差し指でツイッと上げながら『僕ァ、高貴な生まれだからさァ』などと吐かし。
ちょっといい物を出したら出したで、それを片側レンズのフレームの上下を中指と親指で挟んで眼鏡をずらしつつ、ジロジロと眺め『フゥン……張ったじゃないか』と鼻で笑い。
自分より立場の弱い者の失敗には、左手は右腕の肘あたりに添え、右手は指をピッと揃えてフレーム側面をイライラと細かく上下に揺すって『チッ……これだから下賤な者は』と嘲り。
また活躍には、外した眼鏡の耳掛け部分を唇の下に当て『チッ……目障りな』などと歯軋りする。
──ホレスという男は、動きのみならず性格も含め『嫌な眼鏡民』のイメージを具現化したような男だった。
それでも我慢をしていたものの、ある日、不快な眼鏡仕草と共に眼鏡を外し迫られたので盛大にビンタを返してしまった。
そのことが決定的となり、私達は不仲となった。
それはまあいいとしても、その時の不快感と嫌悪感が著しかったお陰で、いよいよ他の眼鏡紳士にもときめけぬ身となってしまったのである。
それがもう本当に滅茶苦茶腹立たしい。
そんな私も、ようやくウザ眼鏡とスッキリおさらばだ。
まあ私も傷モノになってしまったけれど。




