5章 前線→??
外の雷雨は落ち着き、小雨になっていた。
俺とターニャ、数人の護衛を伴って前線に向けて、馬を駆けることになった。
魔物の馬は人間の馬と違って体も大きく力強い。
魔王になって体のサイズが大きくなったので、これくらいの馬でないと走れないのもある。
魔王の城から周囲に広がる深い森を前線に向けて、進んでいくと開けた荒野に出る。
荒野に見えるのは、木も草もない不毛な大地と前線まで伸びるような巨大な軍隊。
はるか向こうでは、魔法がぶつかるような閃光が見える。
おそらくは前線がそこなのだろう。
その後方に大きな野戦陣地が見える。
そこへ向かって馬を走らせていった。
前線に近づくたびに、負傷して下がる魔物たちが見える。
いつも人間側から負傷して苦しむ人を見ているとつらくなったが、それは魔物側になってもやはりつらい気持ちに感じた。
やっと野戦陣地にたどり着くと、入り口の魔物が塞いでくる。
ターニャが前に出て、「魔王様の到着だ。すぐ通せ」と声を張り上げる。
門番は魔王の顔を一目見ると、槍を下げて平服する。
俺たちはそこで馬を下りると、陣地の中へ入っていく。
陣地の中では、負傷した魔物がおびただしくいる。
まともに動けるような状況ではない。それなのに、魔王に平伏している。
言葉にできない葛藤を感じながらターニャについて陣地を進んでいく。
陣地の中央に大きなテントのようなところがあり、そこへ入っていく。
中に入ると奥には、玉座が用意してあり、その横に将軍と思われる魔物が控えている。
少しの間の後に、ターニャが玉座へ行くように促してくるので、玉座に座った。
すると、魔物の将軍が対面に向き直り、一瞥する。
「魔王様、このような場に来てくださり、恐悦至極に存じます。戦いは膠着状態でありますが、まだ続いておりますが、そのような折に如何いたしましたか」
「大きな声では言えぬが、最後まで聞いてほしい。俺は勇者と戦い、勇者を倒した。しかし、その後遺症で記憶をなくしたのだ。だから、今の戦いについてすべて知りたい。どこから始まって、どうなっているのか」
将軍は驚いた顔をしたが、すぐに落ち着いて面持ちで説明を始めた。
「数か月前に、国境を人間たちが侵攻し始めたのが発端です。そして、そこからは電撃的に人間たちがここまで軍を進めてきました。一月ほどは我らが押し返して何とか膠着していますが、消耗が激しく、いつまで維持できるかはわかりません」
なるほど……やはり俺の知っている知識と食い違いがある。
俺が王から知らされたのは、同じ時期に魔物が侵攻してきて、国境が落ちるのも時間の問題、だから魔王を倒してほしいという話だった。そして、国中でもそういう雰囲気であった。事実、俺が出立するときには、国境要塞からは火の手が見えていた。
「将軍、ここの前線以外に人間と交戦している軍はいるのか」
「はい。おります。この前線を横に広げて横一列になる大きな前線になっており、その周辺には前線からの別動隊として動いております」
「そうではない。例えば、人間たちの領域に攻めている別部隊がいないかということだ」
将軍は怪訝な顔で「ありません。魔王城や貴族領の守護兵を除けば、ここにいる兵が全軍です」と言い放った。
――やはり食い違っている。ならこの戦いは裏がある。
「わかった。この戦いを終わらせてくる」
俺は玉座を立ち、外へ向かう。
将軍やターニャが止めるのを一括して前線へと向かった。
魔物たちが必死で止めようとしてくる。
――すまない。
魔力を含んだ気合を放つと、周りの者たちは動けなくなった。
そうして、俺は前線へと駆け出して行った。
◇ ◇ ◇
前線では、巨大な魔物の軍勢と重騎兵がぶつかっている。
重騎兵の後ろには人間の将軍がいた。
全身を重鎧で覆っているため、体格や表情は見えないが、戦場を見渡して軍の指揮を執っている。
おそらく奴だ。見知った顔…戦いを止める鍵。
俺はそれに狙いを定めると、魔力を込めた拳をその方向へ繰り出した。
強烈な衝撃が重騎兵ごと吹き飛ばしていき、その将軍は馬ごと倒れこんだ。
そこへ向かって俺は駆け出した。間に入ってくる人間は魔力を込めた気合を吹き飛ばす。
やっとたどり着いた。
人間の将軍を掴むと、兜を弾き飛ばした。
白銀の髪に碧眼、美しい顔立ちの女性。王国の第二王女で騎士団の団長。
「ブラン・ド・ノエルだな。話がある」
ノエルと俺は顔見知り。ともに騎士団で腕を磨き合った仲だった。
「お、お前が魔王。兵や国民の仇。話などない」
掴んだ腕に手を伸ばし、逃れようとしてくる。
「俺は戦いを終わらせに来た。これ以上争わない。だから話を聞いてくれ」
「ふざけるな! 争いを始めたのはお前だろう! それをここに及んで。しかもお前がここにいるということは勇者を殺したのだろう! 私がお前を殺してやる」
掴む手に思い切り、噛みついてきた。
鋭い痛みに耐えて、ノエルをゆっくり下ろす。
「勇者は死んでいない」
ノエルは目を見開いて驚く。
「勇者は……俺だ」
その時だ。その言葉が出たとき、最初に魔力が爆発したときと同じ衝撃が体を駆け巡った。
体が粉々になるような衝撃……そして俺は意識を失った。




