第29話 闇
寒い。冷たい。そして……暗い。
「うおおぉぉっ!?」
飛び起きた。そうだ、俺は草原内で意識を失ってしまったんだ。
寒いも冷たいも吹き飛び、必死に周囲を見渡す。心の中は恐怖でいっぱいだ。
あの黒いスライムは、今度こそ俺を嬲って殺すだろう。しかし、この暗い草原にスライムたちの姿は無かった。
なぜ?そう言えば意識を失う前に普通のスライムがアイテムに変わるのを確認したよな?
熱波の中をスライム達は耐えきれなかった。そして直後の雨。
この程度の雨であのスライム共がどうこうなるとは思えないが、周囲には一匹のスライムも見えない。
もしかして、ポップできなかったのか?
雨、水が物理的に存在することでポップする事が出来なかったのか、それとも水そのものの様な体を形成出来なかったのか。詳しい事はわからないが、今ここにスライムはいなかった。
とにかくここを出よう。夜に順応する覚悟をしていた筈なのに、今はそんなことを考えることすら恐ろしい。
スライムたちは居ないのに、闇が心を圧迫する。ここにいたら死んでしまう。
ビクビクと警戒しながら、何事もなく扉にたどり着いた。よかった、早く帰ろう。暖かくして何かを食べたいな。
そんな風に気を抜いた瞬間、手足が凍りつくような死の恐怖が襲い掛かった。
動きが止まる。いや、止まれば死ぬ。俺は恐怖を力に変えて最後の一歩を進んだ。
扉を抜け、後ろ手に閉めながら肩越しに見た世界。大きな何かがこちらを見て立っていた。それ以上確認することはせず、意識を引き剥がして扉を閉じた。
「ぷあーーーっ!!」
生きてる!何も起きなかったけど死地から生還したぞ!
こちらの世界は現実だ。ファンタジーなどあり得ない。全ては物理法則に従い、ファンタジーの入り込む余地など無いのだ!
落ち着いたら腹が減ったな。今何時だ?スマホどこに置いていったっけ?
未だに送電が復旧していないようだ。暗い世界、ご近所さんはどうしてるんだろうな?そう言えば大規模停電が続くとベビーブームが来るって聞いた事があるぞ。
なんだろう、胸がざわつく。もう安全な世界に帰ってきたってのに、ビビり過ぎだろう。
そこら中を手探りしてなんとかスマホを見つけた。時刻は21時を回った頃、結構がっつり気を失ってたんだな。
景気付けに焼き肉でも食いにいこう。営業時間はギリギリかな?
染み込んだ雨と泥を浄化で吹き飛ばし、すぐに清潔な状態になる。鏡の前に立てば、ガッシリと筋肉質な青年の姿。変身は使ってない、俺が若く男前になっただけのこと。
家を出て駅前に向かう。あちらはとっくに復旧しているから明るい。
それに比べてこちらの方は暗いなぁ、物音一つしないぞ。
家々も全て暗く、一筋の光も漏れていない。……なんで?
おかしくね?何かあるだろう?みんな真っ暗のままで過ごしてるなんてあるか?
いや、ここは現実だ。みんないつも通り暮らしているはず。おかしなことなんて無い。
俺は考えを振り払って明るい駅前に移動した。
そこには、ちゃんと人の営みがあった。
俺は何を不安に思っていたんだ。大丈夫、世界はまともだ。
あの世界とこちらは違う。分けられている。別物だ。だから大丈夫。
普段なら絶対に行かない普通の焼肉屋に入り、好きなだけ食ってカードで決済した。カードの引き落としは多分無理。