第13話 夜
Vtuberちゃんは俺のスパチャをスルーして他のコメントを読み上げ、ケラケラと笑っていた。
彼女は何も悪くない。それにスパチャと言ってもたったの500円だ。ただタイミングが悪かっただけのはず。誰もわるくない。
俺はそっとチャンネル登録を外した。
夕方。そろそろいいだろうと隣の異世界にGO。
同時に色々実験していたので結果を確認。
蜂蜜をばらまいていたところは、少しだけ盛り上がっていた。
魚を置いていた丘は少し大きくなっていた。
芝を剥がした所は土エリアになっていた。
花と蜂蜜を放置していた花畑は山になっていた。
炭を置いていた部分は、灰色の世界になっていた。
蜂蜜を吸収して地面が盛り上がるのは確定。
魚も吸収しているので、たぶんなんでも吸収しそう。土団子以外。
土エリアの土人形は二回目だな。確定済み。
花畑から取れた物を花畑に放置したら超育った。土地から生み出された物の一部を再び捧げることで維持可能なようだ。
まぁ、問題は炭を置いていた地面の変わりようだ。
何もかも灰色、焼け野原ってやつ?立ったまま燃え尽きたような立木も見える。地面は全て灰で覆われてるみたいな。
火エリアにしたかったんやが?なんでこうなった。
うーん。考えてみると炭って火が出ないよな。しかも吸収された時には焼け残りの木みたいな物だったと言える。それが原因かな。
まぁ火エリアにはならなかったが、新しいエリアを発見したのは間違いない。
とりあえず一歩踏み込んでみた。
エリアに一歩踏み込んだ瞬間に強い焦げた匂いが鼻を突く。足裏も暖かく、燃え尽きたばかりという感じだ。
ぼぼぼぼぼっ。
眼の前に現れたのは雲。灰の雲だ。たぶんモンスターだろう、とりあえず殴っておく。
スカッ!ミス!ダメージを与えられない!
やっぱりただの雲か?普通に貫通した。だがその時――
『ぶふぅぅぅっ』
「うげぇぇぇ!」
灰が吹き付けられた。すごく不快。服も黒くなってしまった。
「クソボケがぁっ!」
殴り飛ばそうとするが効果がない、こいつはやべぇぞ。
「浄化」
『ああぁぁあぁあっ……』
灰の雲は消えていった。
恐ろしい敵だった。浄化を持っていなかったら危なかったな。
こいつの事はガストと呼ぼう。嫌なやつだが攻略法はわかった。
ポンっ!
ガストが消え去った後にちゃんとドロップアイテムはでてきた。
しかしそれは炭。買った炭で灰エリアを作ってドロップが炭って舐めてんの?
ムカつきながらガストを探して炭を集めた。
コンロで発火してから山の上の花畑に投げておいた。勝手に燃えてもっと山が高くなるかもしれんし。育つのは平地からだけかもしれん。確認に使う。
これはただの炭だが、もっと地面が成長してからならもっと上質な炭になるかも知れない。そうすれば火エリアにも再挑戦できる。
ドロップを集める為にガストを倒し続けた。5*5mしかない小さなエリアだ、最初は一応全体を歩いたが、後は真ん中辺りから浄化を放つだけで足りる。
スキルオーブにも期待している。だってすごく魔法っぽいモンスターだ。魔法のスキルオーブだって期待できる。
空が暗くなって来たので終了した。
まだ一度も夜の世界には踏み込んでない。なんだか怖いんだ。昼間のぬるい世界が、夜の恐ろしさの裏返しに思える。
部屋に戻り、晩飯どうしようかな。
そうだ、夜の世界に繰り出すか。
少し前までは夜中に洗い作業で回ってたんだ、こっちの夜は慣れたもの。
近頃は金の入りもいい。飲食で金を使っても出どころを探られることも無いし、たまには贅沢するかな。
ということでサイーゼにやってきた。
今日は食うぜ、1万円使ったって育った赤スライム1匹分にもならん。全然平気だ。
人気の商品から頼んでいくぞ。
ミラノ風ドリア、小エビのサラダ、辛味チキン、バッファローモッツァレラのマルゲリータ、若鶏のディアボラ風、玉ねぎのズッパ、エスカルゴのオーブン焼き、イカの墨入りセピアソース。
これだけ頼んで赤スライム1匹分以下だと!?そらまぁそうだ。
他にも目に付く物を片っ端から食べた。ワインも頼んだ。
スープ。ハンバーグ、グリル、パスタにグラタンにピザ、ケーキにアイスにプリンまで食べて、気がついたら3万円近く食べていた。だが平気だ。なんてこと無い。
やべぇ、俺めっちゃ金もち。赤スライムがいる限り無敵だわ。
とてもいい気分で部屋に戻った。アイツラがいる限りもう金の心配はない。金を拾って、美味いものを食って、楽しく生きていくぜ。俺は王様だ。
あぁそうだ。トイレ借りてくるの忘れてた。まぁそこらでちょいと用足しだけさせてもらおうか。
ドアを開けて一歩入った。
一瞬で酔いが冷めた。ここは死地だ。一秒だって居てはならない。
ドンドンドン!
激しい音と共に体が真横に吹き飛んだ。
何をされたか分からない。ただ攻撃を受けたことだけはわかる。
「あがががが!」
ドンドンドン!
更に追撃が入り、ボロ雑巾のように草原の上を転がった。
まずい、死ぬ。なんの抵抗もできずに殺される。
ガサリと音がして顔を上げた。
そこに居たのは黒いスライム。だが昼間との違いは色だけじゃない。
黒い体で、真っ赤な口を広げ、闇より深い目でこちらを見て笑っている。
殺される。
ドンドンドン!
体が吹き飛んだ。ぐるぐる回る視界の中で、明るいトイレのドアが見えた。
「変身!」
俺は小さなトカゲに変身して、攻撃が当たらないようにただただ祈って走った。
扉をくぐって部屋に戻った時。俺は小便を垂れ流して泣いていた。
逃げ切れたのか、見逃されたのか。俺は惨めでちっぽけな負け犬だった。