表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/30

第1話 ハロースライム

「森田。夜は10時に出てファミレス三件回るからな。9時には来て積み込みしとけよ」

「あぁはい。わかりました」

「んじゃもう帰れ」


 朝9時。深夜のビルメンの仕事が終わり、帰って寝て、起きたらまた仕事だ。もう3ヶ月は休みがない。昼間が休みだから今日は「休日」らしい。

 安い給料でいいように使われているが、他に何か出来るわけでもない。というか、退職を申し出るとか、他を探すなんて面倒だ。


 自転車で30分かけてアパートに帰る。袋ラーメンにカット済みのパック野菜セットとウィンナーを放り込んで出来上がり。

 PCをつけて動画を眺めながら食べる。後は寝て、起きたらシャワーを浴びるだけ。買い物はほとんど通販で済ませ、友人も趣味もない。


 森田(さとる)。32歳。

 今日も変わらず、何も無い、面倒なだけの一日だ。


 別に自分を不幸だなんて思っちゃいない。楽しいとも思っちゃいない。何にも興味が無いなんてわけでもない。ただ、何をするのも面倒なんだ。


 寝る前にトイレに行っておこう。トイレに行きたくなって目覚めたら面倒だからな。

 ただそれだけ、特にもよおした訳でもないが、トイレに入った。


「は?」


 しかし、そこには草原が広がっていた。


「何だ…これ……?」


 後ろにはほんの2歩分ほどの小さな廊下。いつもの部屋だ。

 一歩下がれば部屋に戻る。だが、トイレのドアの向こうには、汚い便器の代わりに緑の草原と澄み渡る青空が広がっていた。


 こんな漫画みたいな展開が、俺なんかに訪れるなんて。こんなのは、未来ある少年少女や、もうちょっとやる気に溢れる人間にこそ有るべきじゃないのか?

 そんなことを考えながらも、流石に多少の興味は湧いてくる。


 緑の芝なんて、もう何年も歩いてない。青い空を見上げるのすら、いつぶりだろう。爽やかな風が吹き抜け、忘れていた何かが胸に迫る気がする。

 少しだけ歩いてみたくなった。この綺麗な世界を、少しだけ。


 だが、安全なんだろうか?辺りをキョロキョロ見回すと、草原に出て左手の方で丸い何かが跳ねていた。


 透明な……水?自力で動いてるのか?

 頭に浮かんだのは「スライム」だった。ゲームの最序盤に出てくる一番の雑魚。

 そんな物がリアルに存在すると考えているわけじゃないが、この不思議な現象の中では否定しても仕方ないだろう。


 ……とりあえずやっちまうか。


 うだうだ考えずに、ゲシッと蹴り飛ばしてやった。だがしかし――


「げうぅ!」


 なんと、蹴り飛ばしたスライム?が反撃してきた。腹に突撃されて結構痛い。


「やろうふざけやがって!」


 何もしていないスライムを襲ったのは俺だ。だが、俺たちは既に敵同士なのだ。もはやそこに理屈は存在しない。

 俺は流し台の包丁を手に取り、跳ね回る邪悪なスライムをぶっ刺した。


 ぶちゅり。一刺しすると、破れた風船のように謎の中身が飛び出し、べちゃりと潰れて動かなくなった。


「ふぅ。しょうもないことをしてしまった。包丁が傷んじゃうと面倒だな」


 訳が分からんが、安全な場所では無いようだ。とりあえず、そこらで大地に栄養を捧げて戻ろう。


 ポンッ!


 突然小気味のいい音がした。スライムからだ。だがそこにはスライムの残骸は無かった。

 代わりにあったのは――


「100円玉?」



 謎の世界。スライムっぽい何か。それを倒すと手に入る現金。

 たかが100円。されど100円、俺はこの先に起こることをすぐに想像した。


「あ、森田です。急に実家に帰ることになったので辞めます」


 適当に嘘をついて電話をぶちきった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ