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間幕 霧月の山城

 月明りをも飲み込む闇夜の城郭で、女は月を肴に酒に浸っていた。

 雲と霧に覆われた飯盛山城は視界の一つもなかったが、すべてを見通す目を持つ彼女には照明は勿論、この程度の魔霧や雲は問題ではない。薄霧に包まれた天守からでも、彼女はしっかりと月を見据えていた。


「……そこで止まらずとも、遠慮なく入ってくるがよいぞ久秀」


 その美しい黒髪を揺らすこともなく、玉藻は見向きもせずにそう発すると、彼女の後ろにある襖が開き一人の男が現れる。


「また酒盛りですか」


 臣下の身でありながら礼もせず、硬い畳がきしむほどに荒々しく歩く。彼は主君の後ろに着くと、図々しく腰を下ろす。


「一人で飲む酒がそんなに美味いですかな」

「ああ。そなたのような騒がしい輩もおらんでな」


 勝手に徳利から酒を注ぐ久秀に構わず、玉藻は酒を飲み進める。

 暫くの間、再び無言で酒を進める二人。やがて徳利の中身を全部飲み干すと、玉藻はようやく久秀の方へ向き直る。


「して、何用じゃ」

「用が無ければ来ていけないのですかな?」

「お主のような卑怯者が、わざわざ酒を飲むためだけに来はせんだろうて」

「ふむ。確かに、その通りですかな」


 盃に残った酒を一気に飲み干すと、久秀は姿勢を正して口を開いた。


「尾張に送った部隊ですが、漏れなく討ち果たされました」

「もとよりあれに期待など微塵もしていない。それで?」

「今川殿から、余計なことをするなとの言伝が」


 はあ、という呆れたため息をつく。


「奴は雲鏡の配下じゃったな。まあ嚙みつくのも無理はないか」

「ちょっかいを出したのは我々ですし、まあ致し方無いとは思います。それともう一つ、別件が」

「霧山の事か? それならすでに――」

「超元現象を確認しました」


 その一言に、室内の空気が一変する。

 彼女の身体から放たれた威圧感に久秀は思わず身構える。一瞬にして上がった付近の魔素濃度は通常の人間は勿論、低位の怪魔でも気を狂わせるレベルであろう。


「......幾人か」

「報告では、一人かと」


 パキンッという音がして、玉藻の手にあった盃が砕け散る。

 暗い光を灯した赤い瞳で、彼女は視線を久秀に向ける。


「此度の流れ人は、勢力に引き込めると思うか?」

「何とも言えませんな。一度会ってみなければ」

「其方と同じなら楽なのだがな」

「某の生まれた時代の者とは確実に違いましょう。価値観の違いは中々埋めずらい」


 鋭い眼光にも、一切臆さず切り返す。玉藻がここまで喰いつくのは彼が軍門に下ってから初めてのことだった。


「ま、今は放っておいても問題ないと思いますが」

「二十年前の大戦を繰り返せと申すか?」

「そうではございません。貴女様が出向けば方はつくかもしれませんが、今の貴女様はそれどころではないでしょう?」


 痛いところをつかれて、玉藻は不満そうに口を詰まらせる。


「四国の残党どもが。こういう時に限って目障りな奴らじゃ」

「まあまだ落ちてきたばかり。厄介ごとを排除してからでも遅くはないでしょう?」

「......確かに、それもそうじゃのう」


 辺りの魔素が一気に引いていく。腰を下ろした玉藻は、新しい徳利をどこからかだすと、何事もなかったかのように酒盛りを再開する。


「して久秀。その流れ人は織田の元にいるのだな?」

「確証はありませんが、位置的に恐らくは」

「ならばよろしい。いずれ相まみえよう」


 怪魔の大首領たる彼女にとっては、大事なれど大袈裟に慌てるほどでもない事案であった。

 その時を楽しみに待っているぞとつぶやくと、玉藻は盃を一気に飲み干すのだった。

 


 


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